田舎と都会の差異を美しく色で表現する
「糸守は擬洋風建築が多く残っている町なので、宮水家は和洋折衷の古い木造建築にしました。大きな家だけど、祖母と妹との女3人暮らし。女性だけの住まいだからきちんと手入れしていてそんなに傷んでいないけど、庭までは手をかけられないので、草が生えっぱなしになっているところもあります。そういった大まかな設定を考えながらつくっていきました」

外廊下の先には組紐の作業をする離れが。糸守を象徴するものが描かれた欄間(らんま)は友澤さんによるもの。「欄間以外にも、神社の神楽殿にある絵や回想シーンに出てくる壁画など、糸守をモチーフにしたものはいろいろな場面で描かれています」(丹治)
「ここに一番長く居るのはおばあちゃん。整然とした人なので、毎日ちゃんと掃除された、きれいに片付いた居間だろうと想像しました。妹の四葉ちゃんの小物も少し加えていますが、基本的にざっくばらんにものは置かないようにしています」
小原まりこさんが担当した2階にある三葉の部屋は、清潔感のある爽やかな印象にしたいという意図から配色にも気を配ったそう。
「朝のシーンが多かったので、小物がたくさんあってもごちゃっとした汚い印象にならないように、明るい色のものを入れています。三葉は祖母に教わって組紐もつくれるので、手先は器用だろうと裁縫道具を置いたり、書道も上手そうなので賞状を飾ったり。植物も好きだろうから机の上には植物図鑑を。そうやってイメージしながら足していきました。ピンク色のものが多いのは、実は個人的に好きだからです(笑)」

「畳の色を決めるのは大変だった」と振り返るのは丹治さんと渡邉さん。「宮水家は畳を頻繁に表替えしているだろうから、わりと緑っぽい方がいいのですが、そうすると古くから住んでいる感じが出ない」(丹治)。「結局、緑と黄色の真ん中くらいの色合いに落とし込みました」(渡邉)。
「三葉に『いつもの部屋と何かが違う』という印象を抱かせたいので、瀧の部屋は東京っぽい洗練された雰囲気を出すようにしました。宮水家の木材は濃い茶色でつやがありますが、この部屋のフローリングは少し黄色っぽいものにしました」と丹治さん。美術監督の渡邉丞さんは、「建築関係の仕事を目指す瀧の部屋」の細部にもこだわりをみせる。
「趣味で描いた現代建築のスケッチや建築関係の本など、瀧くんの興味のあるものを意識的に配置しました。建築に関心があるということは、ある程度かっちりした性格じゃないかなと思いますが、高校生特有のちょっとラフで雑多な感じも混ぜています。新海監督の思う“東京の無機的な少し冷たい色味”を表現するのには、苦労しました。小物もカラフルなものは極力置かないようにしています」

「東京の中でもちょっと高台にある見晴らしのいい場所がいい」という新海監督の希望で、瀧の住むマンションの立地は四ツ谷駅近くの新宿区若葉に。「監督はコンテ作業前や作業中に、まずは一人でロケハンに行かれて、イメージに合った場所に細かい設定などを盛り込んでいくようです」(渡邉)

「瀧の部屋には二方向に窓がある」ところからスタートして出来上がったマンションの外観。「ダイニングにも窓があり、玄関を出たら新宿の風景が見えているようにしたいと監督がおっしゃったので、建物の位置と空間のつじつまを合わせるのはかなり大変でした」
(丹治)
「同じ時間帯でも、田舎と東京では日の光の色を変えています。東京の朝なら、クールで爽やかな印象にしたいので、暖色が入らないように空の青が反射した白っぽい感じに。逆に三葉の部屋の光には爽やかなんだけれどもちょっと暖色を入れています。雲の白い部分にも、少しだけ暖色を入れたりして。単純に場所や時間帯だけでなく、そのシークエンスをどう見せたいか、など、いろいろな意図が相まって出来上がっているんです」

三葉の家は台所から居間、客間まで、窓がたくさんあり、気持ちの良い日の光がたっぷり入る構造。2階建てだが、女性3人暮らしのため、家の中には使っていない部屋もある。離れへと続く外廊下は、新海監督の希望によるもの。

美術監督/渡邉丞 watanabe tasuku(右)
83年埼玉県生まれ。東京造形大学 デザイン学科 メディアデザイン専攻領域 卒業。在学中に講師の勧めでアニメ背景美術と出会う。『雲のむこう、約束の場所』(04)以降、すべての新海作品に参加。Z会CM『クロスロード』(14)では美術監督を務めた。
美術背景/小原まりこ obara mariko(中央)
90年岩手県生まれ。女子美術大学 芸術学部 美術学科 日本画専攻 卒業。『言の葉の庭』(13)より、新海作品に参加。
美術背景/友澤優帆 tomozawa yuho(左)
90年千葉県生まれ。多摩美術大学 美術学部 絵画学科 油画専攻 卒業。『言の葉の庭』(13)より、新海作品に参加。
映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#101(2016年10月号 8月18日発売)
『君の名は。』の美術について、美術監督の丹治さん・渡邊さん、美術背景の小原さん・友澤さんのインタビューを掲載。
Profile
プロフィール

丹治匠
tanji takumi
Movie
映画情報
