Room169

2025.12.17

見晴らしのいい高台に建つ

思い出が散りばめられた一軒家

美術福島奈央花

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スピッツの代表曲のひとつ「楓」。27年にわたり愛され続けるこの名曲を原案にラブストーリーが誕生した。天体観測で結ばれた須永恵(福士蒼汰)と木下亜子(福原遥)。二人は交通事故に巻き込まれるものの、亜子だけが生還する。傷心の亜子に、恵の双子の兄・涼(福士蒼汰の二役)は弟のフリをして寄り添うが……。二人が暮らす住まいの美術を手がけたのは福島奈央花さんだ。

一枚一枚の写真に込められた物語と背景

涼と亜子が暮らすのは、千葉県に建つ一軒家という設定。房総半島にある絶好の天体観測スポットにも気楽に車で移動できる立地だ。
「行定勲監督の『見晴らしのいい高台にある家がいい』というリクエストをもとに、制作部がロケハンをして何軒か候補をしてくださいました。かなり苦労して探していたと思います」
候補の中にはマンションもいくつかあったが、撮影場所に決まったのは神奈川県横浜市にある一軒家。
「亜子の祖母が仕事でしばらく海外へ行くことになり、その持ち家で恵と一緒に住み始めたという設定です。高台なので見晴らしがよくて、街の様子も窓から見渡せる立地でした。自然に囲まれていて、静かな場所です」

インテリアにもキャンプ用のアイテムが混在する。「日常生活でもアウトドアの椅子を使っていたり電飾にランタンを利用したりと、アウトドア要素を入れています」

一軒家への資材の搬入作業は楽ではなかったようだ。
「車を停めてから10分以上歩かないと辿り着けない場所でした。しかも階段があるので、途中までしか台車も転がせない。そこからは手で運びました。20人以上の人に助けていただきました笑)」
だからこその雰囲気が、映画にはピッタリだった。
「ひっそり暮らすにはすごくいい場所だと思いました。古い建物の構造を残しつつ、白い柱やフローリングなど、リノベーションしてあったのですが、そこへさらに手を加えることで、『二人で一緒につくった部屋』という手づくり感を出すことができる。美術としてはつくり甲斐がありました」

ブルーの壁面が特に目を引く。
「亜子と恵。彼らは高校時代、空や星を眺めている時間が多かったと思うんです。そんな想像から、家の空間にも空や自然の色を取り入れようと考え、壁はタイルも含め実際に建て込みました」
部屋の中、映えるのは黄色い望遠鏡だ。
「スペックなどを鑑みて、いろんな候補のなかから最終的に黄色のカラーのものを選びました。プロフェッショナルなタイプの望遠鏡なので、部屋の中ではかなり象徴的な存在になりました。目立たせて印象に残るようにしたかったので、ほかの黄色系の要素はリビング壁面のドアなど、少数に厳選しました」

対面キッチン。ブルーの壁やタイルの壁は映画のためにしつらえたもの。キッチンアイテムには、アウトドア雑誌で働いている亜子のセレクトらしきものが少なくない。「アウトドアでも使えるコップや調理器具があったり、ホットサンドメーカーなどプロ仕様のものを並べています」

壁には数多くの天体写真が飾られている。
「プロの方々は写真一枚一枚に、撮影日時や座標などの細かなデータを記録しているんですね。その記録がとても素敵だなと思い、手書きでデータを記録した付箋を添えることで、二人の今までの観測の積み重ねを感じられるようにしています。恵も亜子も天体に対する意識は高く、沢山星について勉強していましたし、一緒に彗星を探すことが生き甲斐であるように、その熱量が部屋の中から自然と伝わるようにしたかったんです」
緑の多さも、この住まいの特徴のひとつ。福島さんが美術を手がけた過去作でも見られたテイストでもある。

棚の上には二人が撮った写真や、海外から持ち帰ってきたものが並ぶ。シマシマのボードは福島さんの私物。「『イミゴンゴ』というアフリカ・ルワンダ共和国伝統の絵画です」

「『ひとりぼっちじゃない』(23・伊藤ちひろ監督)がきっかけで、植物が人の心に与える影響をすごく実感したんです。今回の作品はまったく別物ですが植物を丁寧に扱いたいと思いました。亜子は実在するアウトドア雑誌『ランドネ』の編集部に勤めているという設定で、自然との距離感が日常の中にある人です。新しいスタイルに敏感で、自分の暮らしにも自然に取り入れていく、そんな彼女の感性を空間に落とし込むことで、部屋の中の緑が単なる装飾ではなく、彼女が普段どんな目線で生きているかが、滲み出るようにしています」

映画のタイトルでもある「楓」の盆栽。「監督の提案で楓の盆栽を置きました。この撮影時期に楓がなかったんです。幹は本物の楓で、葉は造形部さんに作っていただきました。陶器の鉢は亜子と恵が一緒に選んだものとして、陶芸作家さんが作った器を選びました」

行定勲監督作品に関して、福島さんは短編や舞台、長編映画の一部分の美術を手がけたことはあるが、長編映画は今回が初めてとなる。
「美術に関しては、ほどんどを任せていただきました。行定監督は小道具をとても大事にされます。『生活のなかに潜む、星や天文への想いを大切にしたい』とおっしゃっていて、天文に関する本など、どんなものにするかは都度、細かく監督と話し合いました」
行定監督のこだわりは、写真の飾り付けにも現れた。

恵が愛用していた天体望遠鏡。「Keiという文字をどういうフォントにするかがポイントになりました。小道具の安部さんと話し合い、彗星のイオンテール、ダストテールと呼ばれる尾の形をKeiのサインに組み込むデザインにしました」

「写真の扱い方は、本当に人それぞれですよね。まったく飾らない人もいれば、写真を貼る人、スマホの中だけで完結させる人もいる。ただ、この二人は思い出を増やしていくことを大切にしていて、その積み重ねを、日々の生活の中に刻んでいく二人です。額に入れるのか、クリップで留めるのか、テープ、画鋲なのか、貼り方ひとつも監督と細部まで話しました。

リビングの壁面。計測器具や、ルーペ、小さい望遠鏡など、亜子のアウトドアグッズの収納スペースになっている。

唯一、高校時代の亜子を撮った屋上の写真は『この写真だけは、額に入れよう』とおっしゃっていました。その一枚一枚をどう見せていくか、配置のバランスだけでなく、カメラワークと光の入り方も含め、行定監督と撮影監督のユさん、照明の中村さんと丁寧に詰めていきました。写真の一枚一枚に込められた物語や背景を話し合いながら、その細部を積み上げる姿勢からも、監督のこだわりを強く感じました」

築年数60年以上は経っている、千葉県に建つ2階建て、3LDKの一軒家。海外に渡航した祖母の留守を預かって亜子が恵と住み始めた、という設定。リノベーションは、もちろん祖母から許可を得て二人がおこなった。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#158(2月号2025年12月11日発売)『楓』の美術について、美術・福島さんのインタビューを掲載。

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Profile

プロフィール

美術

福島奈央花

fukushima naoka

86年神奈川県生まれ。相馬直樹氏に師事。映画美術/舞台美術家。主な作品に、映画『ユンヒへ』(19)、『佐々木、イン、マイマイン』(20)、『そばかす』(22)、『サイド バイ サイド 隣にいる人』『逃げきれた夢』(ともに23)、『若き見知らぬ者たち』(24)、『ぶぶ漬けどうどす』『THEオリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ Movie』(25)などがある。

Movie

映画情報

監督/行定勲 原案・主題歌/スピッツ「楓」(Polydor Records) 脚本/髙橋泉 出演/福士蒼汰 福原遥 ほか 配給/東映 アスミック・エース (25/日本/120min) 須永恵(福士蒼汰)と恋人の木下亜子(福原遥)は、共通の趣味の天文の本や望遠鏡に囲まれながら、幸せに暮らしていた。しかし朝、出社する亜子を見送った恵は、眼鏡を外し、髪を崩す。実は、彼は双子の弟のフリをした、兄・涼だった……。12/19~全国公開 (C)2025 映画「楓」製作委員会
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