『ある男』で、第46回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を受賞した石川慶監督の最新作は、ノーベル文学賞受賞作家カズオ・イシグロの長編デビュー作の映画化『遠い山なみの光』。これまでも数多くの石川監督の作品の美術を手がけてきた我妻弘之さんは、1950年代の長崎を舞台とする本作でどのようなアプローチを見せたのか。
当時の長崎にあっても不自然でなく、かつ、一線を越えているデザイン
石川慶監督作品への参加は『蜜蜂と遠雷』『Arc アーク』『ある男』に続き4本目となる我妻弘之さん。今作は、石川監督にとって初めてセットをつくって撮影となった作品である一方、我妻さんにとってもデザイナーデビューしてから初めての時代ものとなった。
セットがつくられたのは悦子(広瀬すず)が住む団地と、佐知子(二階堂ふみ)の住まいだ。

「1950年代という設定で、窓の外の風景は合成、CGに頼ることになるのでセットをつくることは最初から決まっていました。実際、撮影に使えるあの時代の建物は、外観も含めて残っていない。あったとしても廃墟感が強いですから」
悦子の住まいは戦後に建てられた、鉄筋コンクリート造の団地だ。
「悦子の夫の二郎(松下洸平)と、義父の緒方(三浦友和)が縁側で将棋をしている描写があるので、平屋のイメージも浮かんだんです。初期の段階で石川さんに『一応確認ですけど』とたずねてみたら、『団地です』と(笑)」
団地に関するリサーチが始まった。
「カズオ・イシグロさんが実際に住まわれていた団地は取り壊されていますが、同じデザインの旧魚の町団地がいまも残っていて、それを参考にしました。石川さんはシナリオハンティングでその団地をご覧になっていたようですが、僕も個人的なリサーチを兼ねて長崎に足を運んだ際、部屋の内部まで見せていただいたんです」
頭を悩ませたのが、二郎と義父が将棋を指すスペース。
「当時の団地の資料を調べても、縁側のようなスペースを持った物件はなかなか見当たらない。調べていくなか、同潤会アパート(日本で最初期の鉄筋コンクリート造集合住宅)の資料に行きあたりました。サンルームのような空間を備えている物件があったんです。そんなふうにひとつずつ、当時の建物のディテールの確認、裏をとっていきました」
とはいえ、有効な資料はあまり集まらなかった。

「ドンピシャの当時の写真資料は多くなかったんです。その分、イメージを自由にデザイン画に落とし込んでいきました。座椅子や赤い柄の敷物を描いていたところ、装飾の森公美さんから『あの時代、座椅子、赤い敷物はまだ一般的ではなかったみたいです』とご指摘いただきました。森さんも当時のインテリアを相当お調べになっていたので、『交通整理』ではないですけど、プランの時代考証をしていただきました。結果、いいバランスで着地できたと思います」

とくに目を引くのが、ふすまの柄だ。
「最初、ふすまの柄はベーシックなものを考えていました。すると石川さんは『普通だとこうなりますよね。でももっと色味があってもいいと思います』とおっしゃる。当時の長崎の団地にあってもおかしくなく、かつ、少し一線を越えたような目新しい柄はどんなものなのか。考えていくなかで思い浮かんだのが、助手時代から影響を受けていたウィリアム・モリス(19世紀イギリスのテキスタイルデザイナー)の壁紙です。プロダクトカタログをめくっていて、『あ、これだ!』という柄が見つかりました。ちょっとクセがある、でも当時の日本の住宅にあってもおかしくない植物柄です。石川さんからも『いいですね』とお墨付きをいただきました」
その柄は、30年後の悦子(吉田羊)を描くイギリスパートとのブリッジにもなった。
「同じ柄ではないですが、イギリスの悦子の家でも廊下の壁の一部にウィリアム・モリスデザインの壁紙を貼っています。また、悦子がソファに腰掛けているカットでは、その背後に長崎のふすまの柄を思わせる額が飾られています。イギリスパートのデザイナーと打ち合わせするなかで、これらの『つなぎ』が実現していきました」
結果、石川監督の感性は見事に美術へと落とし込まれることとなった。
「石川さんは女性の持つ視点を大切にされる方だと思います。自分ももちろん悦子という主人公の人柄が表せたらと考えていましたが、石川監督のテイストを損なうことなく小道具、モノで具現化できたのは装飾の森さんのおかげです。自分は漠然とした世界観までつくり上げるんですけど、そこからの実際のディテールは装飾部さんあってのもので、さすがでした」



映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#156(10月号2025年8月4日発売)『遠い山なみの光』の美術について、美術・我妻さんのインタビューを掲載。
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