老舗アニメーション制作会社、STUDIO4℃が手がける最新長編アニメーション映画、『ChaO』。アヌシー国際アニメーション映画祭2025審査員賞を受賞するなど、早くも海外で高い評価を受けている。監督はアニメーターとして数々の作品に携わり、今作で長編監督デビューを飾る青木康浩さん。人間と人魚が共存するカラフルな上海をつくりあげた。
キャラクターの芝居を成立させる、こだわり抜いた背景
本作の舞台は上海。ロケハンで現地を訪れた青木さんは、経済発展著しい風景と古い街並み、そのコントラストに惹かれた。
「『007 スカイフォール』を観て、非常に興味を持っていました。未来感が突き抜けているけれど、視点をちょっと移すとスタジオ4℃が得意とする裏路地のかっこよさもある。その両極端のところが、上海は表現しやすかったんです」
青木監督が得意とする突飛な演出も、自然に入ってくる。

「この映画にはナンセンスコメディの要素があります。日本を舞台にすると、それを目にした日本人は『こんなの実際にはないよ』と反応してしまう。でも舞台が外国だと少しハードルが下がるんです。文化がずれているので、突飛なことをやっても『こういうこともあるかな』と許容される。上海が舞台なら、漢字もあるし、キャラクターもアジア人。それほど遠くもなければ近すぎでもない。いいところにピントが合っている。それがこの作品の魅力のひとつだと思います」

ステファンの家は、ロケハン中にフランス租界で見つけた建物を参考につくられた。室内には奇妙なアイテムも見受けられるが、これは実際にロケハン時に目にしたものが活かされている。
「中国らしく『福』という文字をタペストリーとして飾っているかと思えば、美容院においてある首だけのマネキンが置いてある。どれも、なぜ置いてあるのかは分からないですけど、そこに人間の生活臭の面白みを感じました。ステファンはお金持ちというわけではない。手を伸ばせば欲しいものにすぐ届くような、ちょっとごみごみとしたところで生活している。そういう描写が、観ている人の親近感を引き寄せるんじゃないかなと考えました」


船舶をつくる会社で働くステファンならではのインテリア、小物も見受けられる。
「船の模型や舵輪(船のハンドル)を置いています。ステファンは几帳面。性格がいいというか、憎めないところがあるんです。バイクの停車位置を直しますし、斜めになっている額を見かけたら、まっすぐに直しますから」
部屋にあるロフトは、ステファンのキャラクターを表すうえでも、演出面でも活用された。
「ロケハンした部屋では、ただの荷物の置き場所になっていましたけど、ステファンは本を置いたりと、いろいろと活用しています。演出的にもロフトはポイントになります。キャラクター同士、平らなところよりも、上と下で目線が合わないところで会話する方が画に変化が出せる。ロフトから転げ落ちるアクションも描けますし、芝居をするためのひとつの小道具というか、演出的にこういう空間は大事なんです」


青木監督はアニメーター出身。これまで多くのキャラクターを描いてきたが、作品の世界観を決定づけるのはむしろ美術、つまり背景だと考えている。
「観終わった後の印象は、キャラクターの色や動きどうこうではなくて、背景で決まるんです。この作品もいろんなデコボコのキャラが出てきますが、背景のこだわりがあるからこそ、ちゃんとそこに立って芝居が成立する。キャラクターたちが生きてくる」
当然、物語の説得力も変わってくる。

「みんな、『人魚姫なんて、本当にいるわけがない』と思って観はじめると思うんです。でも観ていくうちに人魚姫の話に没頭するわけです。その世界に説得力を持たせるのは色味や、現実的な上海の風景。それは美術監督・滝口比呂志さんのこだわりによって実現しました。今回、スタジオ4℃の創立者のひとりで、先輩の森本晃司さん(数々のアニメーションを手がけた世界的なアニメーター)にデザインを少し手伝っていただいています。美術プランをお見せしたときには『本当にこれをやるつもり?』と驚かれました。森本さんがやられてきた仕事はとても緻密なんですが、その森本さんからそう言われるほどの美術なんです」


作品のクオリティは優秀なスタッフワークによって支えられた。
「アニメーターが描いてくれたシーンが絵コンテを守っているかどうかは僕がチェックしますが、みなさん絵コンテ以上のものを上げてきてくれました。言わなくても勝手にやってくれたといいますか。新たに盛られたそのアイデアを生かすか生かさないかは判断しますが、ほとんどが作品性に合っていた。だから面白い。考え過ぎてしまうような真面目な人は、この作品には合わなかったかもしれません。スタッフが遊ぶように本人のバイタリティを生かしてくれたら、勝手に作品がどんどん肉付けされて面白くなるんじゃないかなと期待しているところもありました。実際そのように上がってきて、本当に助かりました」


その制作体制を敷くことができたのも、制作会社がスタジオ4℃だったからこそ。
「これは本作のプロデューサーでもある田中栄子社長のスタジオ4℃でしかつくれない作品です。絵もそうですし、こういう題材、ナンセンスと真面目が共存する企画は、ほかの会社では許可が下りない。完成させることができたのは、やっぱり『クリエイティブのスタジオ4℃』の底力、優れたスタッフワークのおかげ。それがなかったら完成までたどりつかなかったと思います」



映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#156(10月号2025年8月4日発売)『ChaO』の美術について、監督・青木さんのインタビューを掲載。
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青木康浩
aoki Yasuhiro
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