『ヒロイン失格』『センセイ君主』など、大ヒットコミックで知られる幸田もも子。それらに続き、最新コミック『君がトクベツ』が実写映画化される。トラウマからイケメンを毛嫌いしている若梅さほ子(畑芽育)と、国民的アイドルグループLiKE LEGEND(ライクレ)のリーダー・桐ヶ谷皇太(大橋和也)の恋の行方を描く本作。黒羽陽子さんは、きらめく本作の世界観を美術に落とし込んだ。
どの年齢層にも受け入れられるような愛らしいアイテム
若梅家の生業は定食屋。1階が母・加代子(しゅはまはるみ)が営む「ホヤぼーや」 で、その2階に加代子、さほ子、そして妹のひまりの3人が暮らしている。
「ホヤぼーや のロケ地候補は松田礼人監督が先にご覧になっていて、『イメージにすごく合っているので、ここで撮りたい』とおっしゃっていました。私も原作通りだなと感じた物件で、店舗の撮影場所はすんなり決まりました」

さほ子が手伝うことがあるものの、お店は加代子が女性ひとりで切り盛りしている。
「ホヤぼーや は、幼いひまり(日下莉帆)が店内で遊んでいるような地域密着型の定食屋さんです。お借りした店構えのレトロっぽさは残したまま、物語に添うかわいらしさをどう加えられるかを考えていきました。『カラフルに、カラフルに』と、色紙やメニュー、ひまりのおもちゃなど、要素を足していきました」

一方、階上の住まいはハウススタジオで撮影された。
「店舗の空気感の流れをくみたかったので、和風テイストの部屋を探しました。結果、見つかったスタジオは柱や長押(なげし※柱の側面や鴨居の上部などに取り付ける化粧材)など、造作の色見が似ているし、『いけるんじゃないか』と。
テレビや家具は備え付けのものがあったのですが、それらはすべてレトロなテイスト。さほ子らしい部屋にしようと考えて、ほとんどを入れ替えました。古めかしい建物だけど、現代っ子が住んでいる部屋ですし、少しでもかわいくしようと手を入れました」

「かわいさ」をテーマに掲げつつも、ベタな「女の子っぽい部屋」に仕立てていないところがポイントだ。さりげなく置かれた家具も、よく見ると凝ったデザインだったりする。
「いかにも『女の子っぽい』にはしたくなくて、そのあんばいを探りました。さほ子は、親友・ゆう子(上原あまね)みたいな、いまどきの『推しに救われてる女の子』とは違うんじゃないか。自分の好きなものに全集中してしまう、ちょっと変わっている子なのでは?と考えて、おしゃれすぎず、少しクセのあるものが好き、というイメージで飾っていきました」


ディテールにもこだわりが見て取れる。
「古めかしいローテーブルだけど、置かれているランプは鳥の形をしていたり、ネズミだったりと、モチーフ系を増やしました。若い方から大人の方まで観ていただける作品だと思うので、どの年齢にも受け入れられるような愛らしいアイテムを配置しています。さほ子がメガネをかけているので、メガネキャラの動物の小物も置きました」
手放せなかったのは原作だという。
「原作ものをよくやらせていただくのですが、『君がトクベツ』に関しては、とにかく原作がバイブルでした。原作を片手に、迷ったら『ここは原作ではどうなってるだろうか』と見るようにしていました」

とくに忠実なディテールというと……。
「『ここは絶対原作に習おう』と決めていたのは、ホヤぼーや の看板です。実はロケ地に取り付けるのは作業的に大変なんです。看板の代わりにのぼりにするという選択肢もあったのですが、こればかりは原作に忠実である方がいいと判断しました」
看板の色であるオレンジは、定食屋のテーマカラーにもなった。
「ライクレのメンバー・5人のメンバーカラーにオレンジがなかったので、ちょうどいいかなと思いました」
黒羽さんがこのハウススタジオを撮影場所に決めた理由には、オレンジというテーマカラーも深く関係していたという。


「部屋の壁紙がもともと青だったんです。背景が青いと、布団カバーなど、オレンジのアイテムが映える。それもあって『ここにしましょう』と」
今作でもっとも印象的だった作業は「ライクレ」グッズづくりだったそう。
「数が多くて大変でしたけど、制作は楽しかったです。架空のものですが、それがある、ないではライクレの『存在している感』が全然違う。あるだけで説得力がぐっと増します。さほ子の推し活部屋をそれらのグッズで飾る作業も楽しくできました」
最後に黒羽さんに映画美術の醍醐味を聞いた。
「この仕事を本当に好きになったり理解し始めたのは最近だと思います。文字だけだったものを具現化する作業はとても面白い。原作ものであっても、原作を基に書かれた台本のト書き(※台詞以外の動作や行動、心情等を指示した文章)を膨らませて、最初に立体にするのは美術監督。その瞬間が一番楽しいんです。そのために、脚本を読み込むことに時間をかけます。私はポンとたくさんの選択肢をすぐに出せるタイプではない。だけど読んでポンと出てきたときは、準備も撮影も順調にいきます。今作はまさに『これにしよう、もう決めた!』という感じでした(笑)」




映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#155(8月号2025年7月1日発売)『君がトクベツ』の美術について、美術・黒羽さんのインタビューを掲載。
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