原作・吉田修一、監督・李相日のタッグが生み出した『悪人』『怒り』。3度目のタッグとなる『国宝』は、主人公・立花喜久雄(吉沢亮)が、任侠の一門に生まれながらも花井半二郎(渡辺謙)に引き取られ、歌舞伎役者としての道を歩み始める物語。美術監督・種田陽平さんとともに、半二郎の邸宅をつくりあげたのは下山奈緒さんだ。
日常生活では味わえない歌舞伎の世界の裏側までつくり込む
立花喜久雄を引き取る歌舞伎役者・花井半二郎。彼が妻の大垣幸子(寺島しのぶ)、息子の大垣俊介(横浜流星 少年期:越山敬達)らと暮らす豪邸は、東映京都撮影所にセットで建てられた。
「関西がおもな舞台であることと、京都の職人さんが日本建築や資材に精通しているということもあり、東映京都撮影所にセットをつくることになりました」
種田さんは、三谷幸喜監督作品やアカデミー賞にもノミネートされたアニメーション映画『思い出のマーニー』(米林宏昌監督)、クエンティン・タランティーノ監督の作品も手がけるなど、世界的な活躍で知られる美術監督。下山さんは助手時代を通して種田さんの方法論を学んできた。
「『事実をそのまま美術で再現することはそれほど難しくない。大事なことは、その特徴をどう捉え美術のセットに活かすことができるか』と種田さんは常日頃からおっしゃっています」

長年タッグを組んでいる李監督と種田さんだが、いままでとは違う点がある。今回は大きなセットを3つ撮影所のステージにつくることとなった。
「種田さんと私から見て李監督は、リアルを追求する方だと感じました。ロケの撮影では建物の経年や、風で木々が揺れたり自然を肌で感じることができます。おそらくそういう観点からセットよりもロケを好むだろう。とお互いに話しました。今回セットをつくる上で大事にしたことは、つくられた世界ではあるものの、現実世界に存在するような風格を目指して取り組むことでした。日本の伝統芸能を重んじて、リアルで深みが出るようにという認識をお互いに持ちました。」
リアルな歌舞伎役者の家づくりに向けて、さまざまな資料が集められた。
「歌舞伎役者のお宅を拝見することが難しかったので、中村鴈治郎さんに取材させていただいたり、書籍や写真集、昔のテレビ番組の映像を参考にしました」
家の中に稽古場があるのは歌舞伎役者の邸宅ならでは。「稽古場の檜の床は所作台といい、足をトンとつくと良い音が響きます。お芝居で実際にお稽古する場面があるので足の滑りを良くするために床にはこだわりました」「歌舞伎に関連する飾りつけは、舞台写真をはじめ、細部にもこだわりました。歌舞伎役者の方は日本各地の劇場を巡り公演することも多く、海外公演の時に買ってきたであろうお土産なども置いています。台所は生活感を出しましたが、リビングは家族だけではなく様々な方が出入りするので雑多にはせず、こだわりのあるものを一点一点飾っています」
中庭には、立派な松の木が植えられている。
「丹波屋の家紋である松を象徴的に置きました。地面は当初、土の予定でしたが、李監督の『砂利を敷いて欲しい』というリクエストに応えました。そうすることで、ある種の品のよさを醸せたと思います」
半二郎を象徴する意匠は、室内の色みにも凝らされている。
「半二郎は女形も演じる歌舞伎役者なので、女性らしさや安心感を意識して、日本の伝統的な色使いのなかでも浅い色を配色しました。柱や床材は節がなく肌触りの良い高級品をあしらいました。序盤に長崎の料亭が出てくるのですが、半二郎の家と比べて対象的にしています。料亭は無骨さや怖さを意識して木地の色を濃くし暗い空間にしました」

台所と食堂の間に配された「ハッチ」も印象的。これは暮らし向きの豊かな家庭で60年代に流行したしつらえ。
「歌舞伎役者の家に住んでいるのは家族だけではありません。空間を地続きにして奥行きを出し、お弟子さんやお手伝いさんなどいろんな人が出入りしている様子が見えるようにハッチを採用しました。台所で誰かが動いている気配が食堂から感じられるように、棚の背面もモールガラスにしています」
半二郎の家は相当につくり込まれているが、劇中にはそれ以上に大掛かりなシーンも登場する。


「劇中に登場する歌舞伎座のような格式ある劇場「日乃本座」もセットでつくりました。最初にプランを聞いたときは『その規模をセットでつくるのか!?』と驚きました」
下山さんにとって映画美術の醍醐味は「自分の知らない世界をつくれること」だそう。
「あるときは裁判の話、またある時は宇宙の話、時代劇の時もあります。年代や住む世界が毎作品違うので、その度に研究しその世界にどっぷり浸かって表現する。ふつうに生活していたら経験できない世界へ入り込めるところが映画づくりの楽しみです。」
ジャンルについての興味も際限はない。

「種田さんとのお仕事では『舞妓さんちのまかないさん』に参加し、その他では山田洋次監督作品にもよく参加していることから、種田さんからは「家族をテーマにした作品や、ちょっと可愛らしい仕事が向いてる」とご教示いただいた事があります。私の強みも活かしながら、色んなテーマの作品にこれからも挑んでいきたいです。



映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#154(6月号2025年4月18日発売)『国宝』の美術について、美術・下山さんのインタビューを掲載。
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下山奈緒
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