Room159

35年目のラブレター

2025.02.28

奈良市内に佇む長屋

演者を自然に役へと引き込む空気づくり

美術久渡明日香

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ある夫婦の実話をもとにした感動のヒューマンドラマ『35年目のラブレター』。過酷な幼少時代を過ごしてきたがゆえに、読み書きができないまま大人になってしまった西畑保(笑福亭鶴瓶、青年期:重岡大毅)が定年退職を機に、最愛の妻・皎子(きょうこ)(原田知世、青年期:上白石萌音)にラブレターを書くことにするが……。久渡明日香さんは美術を通して、俳優の役づくりへ大きな力を与えた。

どこで収めていくかを見極める作業が重要

西畑家の美術を手がけるのにあたって、久渡さんは自らのルーツに関わるところから出発した。
「『そこで人が暮らしてきた』という世界観をしっかりつくりたいと考えました。『美術』ではなく、『空気』をつくることを意識したんです。そこで、自分の実家の雰囲気を思い浮かべながらとりかかりました」
本作の舞台は奈良市。同じく関西・大阪府出身の久渡さんの実家とは共通点も多かった。
「西畑夫妻の家は1970年代築という設定で、私の実家も同じ頃に建てられているんです。2024年のお正月明けにセットを建てることになったので、帰省したときに写真をいっぱい撮りました。特に台所の花模様の白いタイルは、どうしても映画に盛り込みたかったディテールです。裏テーマとして、自分の親にもちょっと捧げる映画にしたいなという気持ちもありました」

外観は奈良市内で撮影。「扉は外観に合わせてつくったものを現地まで持ち込みました。隣の家にちょっと雰囲気を似せて、ガラスも古いものを入れました」
縁側の向こうには小さな庭。「縁側は小さくてもいいので絶対つくりたかった。サッシ戸にしたのは、70年代に普及していたから。木の戸にするとちょっと江戸っぽくなっちゃったり、かっこよく見えすぎるんです」

久渡さんの美術の方針は「リアル」。誰しもの記憶にもひっかかる家をつくるべく、リサーチも綿密におこなわれた。
「1970年代の平屋の建築様式や、どういう建材が使われていたのかを地道に調べていきました」
例えば食堂や台所の壁に貼られている建材は、70年代、80年代に大量生産されていた化粧板。
「当時、大量生産されていて安価に手に入ったもので、こういう長屋にはよく使われていました。少ないですが、現在も生産されています」
居間と食堂を隔てるガラス戸にもこだわりが。
「花柄のレリーフがかわいいですよね。皎子さんのキャラクターを象徴できていると思います。このガラス板も古いもので、いまは生産されていません。東映美術さんが大事に保管されているものをお借りしました」
間取りに関しても、この時代独特の傾向が反映された。
「お風呂場やトイレなどの水回りは家の中心部ではなく、外側に付け足してる感じなんです。水道を引き込むための物理的な制約でそうなったみたいですね」

「家具は当時のものを装飾の平井浩一さんが選んで、用意してくれました。とくにキッチン周りのシンクや冷蔵庫には時代感がはっきり出るので、選定には気を遣いました」

住まう人物のキャラクターも表れされている。
「皎子さんはすごく丁寧に暮らしている方。常に整理整頓されていて、部屋もきっちり片付けされている。テーブルクロスやカーテンなどのファブリック系のかわいいものは皎子さんが選んだアイテムです。あと、これは衣装部さんが集めたものですが、保が着ている服も皎子さんが選んだという設定。だから保さんは色見がきれいで、かわいいコーディネートなんです。塚本監督からも、皎子さんのセンスのよさを表現して欲しいというオーダーがありました」
家のことは皎子にお任せの保。ただ、細部には寿司職人ならではの工夫が見られる。
「庭に置いてある鉢は、魚が入っていた発泡スチロールを流用したもの、という設定です。実は劇中、ほぼ写っていないのですが(笑)。私がやりたかったのは空気をつくることなので、それでいいんです」

手先が器用な皎子がつくった折り紙細工。「これは監督のリクエストです。皎子さんは身近なもので、かわいいものをつくるんです。同じようにみかんの皮を集めるためのゴミ入れも、チラシを折ってつくっています」
テーブルクロスはその時代によって変化していく。ただし、コタツカバーはすべてチェック柄。そこで統一感がとられている。

リアルさを演出し、登場人物たちが暮らしているという説得力を持たせる。だが美術の仕事はそれだけではない。
「最初のイメージ図はリアルに描きすぎたので、撮影するのに狭かったんです(笑)。監督から『もうちょっと広くして欲しい』というリクエストがありました。リアルな長屋の建築と撮影しやすいセットの間で、どう落としどころを見つけていくか。西畑家は質素だけど、温かみのある住まい。躯体が大きいと『この人、稼いでるな』みたいな感じになってしまう。図面を描きながら、どこがちょうどよいところなのか、どこで収めていくか、それを見極める作業は大変でした」

物語のモデルとなった実在の保さんの住まいについて、久渡さんが参考にすることはなかったそう。だが、保さんの家を訪ねたプロデューサーによると、その住まいは偶然にもセットと似た雰囲気だったという。それは、久渡さんが目指した「誰の記憶にもひっかかる家づくり」が果たせたという証でもある。最後に映画美術の醍醐味を聞いてみた。
「空気つくりができるところです。空間を演出するというか。その作品の世界観をつくって、俳優さんたちに見てもらう瞬間が一番ワクワクするところです。キャストの方が初めてセットに入られるときは、ちょっと後ろにいて、『どういう顔をするかな』とこっそり伺っています、『正解かな、不正解かな』と(笑)」
鶴瓶さんは「セットに入ったら、自然と保になれた」と振り返った。大正解だったといえるだろう。

奈良市内では外観以外でもロケ撮影がおこなわれた。「モデルとなった保さんが現場見学にいらしたとき、付き添いの夜間中学の先生が『自然が多くて、歴史が身近で……』と奈良の魅力について熱弁されていました。話を聞いていて、本当に住みやすい場所なんだなと感じました」
1970年代築の奈良市内に建つ3DKの長屋。間取り図的には食堂がダイニングに当たるが、縁側に面した部屋を居間として使用している。公営住宅風な佇まいでコンパクトでありながら、縁側や庭まで備えた豊かな空間。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#153(4月号2025年2月21日発売)『35年目のラブレター』の美術について、美術・久渡さんのインタビューを掲載。

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Profile

プロフィール

美術

久渡明日香

kudo asuka

82年大阪府生まれ。テレビ朝日クリエイトを経て、20年からフリーに。近作に映画『バイプレイヤーズ~もしも100人の名脇役が映画を作ったら』(21)、ドラマ『リビングの松永さん』『モンスター』(ともに24・関西テレビ)。公開待機作に『見える子ちゃん』(初夏公開)がある。

Movie

映画情報

35年目のラブレター
監督・脚本/塚本連平 出演/笑福亭鶴瓶 原田知世 重岡大毅 上白石萌音 ほか 配給/東映 (25/日本/119min) 家庭の事情で読み書きができないまま大人になった西畑保。保は自分を支え続けてくれた妻、皎子への感謝の手紙を書くために夜間中学に通い始める……。3/7~全国公開 ©2025「35年目のラブレター」製作委員会
35年目のラブレター公式HP