Room156

室井慎次 生き続ける者

2024.11.08

警察を辞めた男が、故郷・秋田で暮らす

雪深き冬の厳しさに向き合う古民家

美術相馬直樹

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現在も、日本の実写映画における興行収入ランキング1位という記録を保持する『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(03)。テレビドラマから始まった、のべ27年にわたるメガヒットシリーズの最新作が『室井慎次 敗れざる者』『室井慎次 生き続ける者』の2部作だ。美術を手がけた相馬直樹さんは、主人公・室井慎次(柳葉敏郎)のキャラクターを象徴する古民家をどうつくりあげたのか。

ロケハンで巡った数多くの古民家がセットづくりの参考に

警察庁を退任した室井慎次。彼が第二の人生のスタートに選んだ地は、故郷である秋田県。室井はここで被害者家族の子ども・タカ(齋藤潤)と、加害者家族の子ども・リク(前山くうが、前山こうが)と一緒に暮らしている。その住まいの内観はセットで撮影された。
「空き家を買い取って住んでいるという設定です。ボロボロだった水まわりは全部取っ払って新しくするなど、室井は手を入れていますが、なにもかもきれいにするのではなくて、昔ながらのよさも活かしつつ、自分の味も出しつつ……というニュアンスでセットをつくっていきました」

外観は新潟県で撮影された。「よい物件だけど撮影許可が出なかったりして、何度かロケ地が変更になったんです。最終的に、雪が多いほうがいいということになって、新潟の物件になりました」

『室井慎次 敗れざる者』では、室井が家を修復しようと奮闘するシーンも描かれている。手を入れる箇所や修復方法は、相馬さんの提案に添って撮影された。
「『はげている土壁を塗ってみるのはどうですか?』とか、『へこんでいる土間の上がりを直すのは?』『キッチンの壁にタイルを貼ってみては?』など、美術的にはこういうことができますよという提案をしました」

室井がリフォームしたキッチン。古民家というベースに、実用的な什器や日用家電が配されるというちぐはぐなところにキャラクターが現れている。「『昔ながらの〜』と相反する無骨なステンレスのシンクを選択するなど、室井はそんなにセンスがいいわけではないんです(笑)」
照明器具も新旧が入り混じっている。「もともとあったものと、買ってきたものを使い分けている設定です。古いものだけだと実家みたいになってしまうので、室井が自分でいろいろ手を入れて、新しい人生を歩もうとしている感じを出しています」

住まいの内観はセットがつくられた一方、外観はロケで撮影された。
「雪深い風景を撮影できるということで最終的にロケ地は新潟になったのですが、その物件に行き着くまでには秋田と新潟でかなりの数の古民家を探しました。伺うたびに内部も見せていただいたので、それがセットづくりの参考になりました」
外観と内観のつながりには細心の注意が払われている。
「外観の撮影用にお借りした建物には、セットとの整合性をとるために玄関部分を加えることになったんです。雪が積もる想定だったので、雪の重さに耐えられるよう、頑丈なつくりで建てました。また、元からあった建物と同化させないといけないので、汚しをかけています」

農業用水のための貯水池にかかる桟橋も映画のために制作されたもの。「『桟橋があったらいいな』くらいの軽い気持ちでイメージボードを描いたのですが、想像以上に水深が深くて、制作は苦労しました(笑)」

ロケ地には新たに物置も建てられた。畑仕事やDIYのための器具を収納するスペースだ。
「農機具類はある程度、古民家にもともと置いてあったという設定です。室井はそれらを利用しつつ、足りない器具はインターネット通販で手に入れて、野菜の栽培やDIYをやり始めたんです。ちなみにシリーズでおなじみのカエル急便は今回も登場しています」
シリーズを手がけてきた亀山千広プロデューサーのリクエストも盛り込まれた。
「亀山さんがクリント・イーストウッド監督の『グラン・トリノ』(08)っぽい感じがいいとおっしゃったので、アメリカのガレージっぽい雰囲気も意識しました。工具は男の夢ですから(笑)、室井もいいものを揃えています。木のオブジェやバルコニー、物置は、室井が工具を駆使して自分でつくったんです」

家の中にはテレビがない。「それも室井のキャラクターが出ているところです。ものの配置は『ふつうの家ならこの場所』というふうには考えず、すべて室井の動線に合わせてあります。あるいは、もともとあったものに対して室井が付け足した、という具合に見えるようにしました。そこはリアリティが出せたかなと思います」
部屋の真ん中にある急な階段。「外観のロケ物件に2階があったので、セットでも階上をつくることになりました。ただしもとは物置だったという設定なので、ちゃんとした階段ではないはずと考えて、こういう鉄砲階段になりました」

室井の分身ともいえる物置は、『室井慎次 敗れざる者』で衝撃的な展開に巻き込まれる。
「そのシーンのために苦心した部分は少なくありません。家と物置が離れていれば、合成でもできたんです。でも本広監督は『物置は室井の一部だから家にもっと近づけたい』とおっしゃるので、図面を何度も描き変えて、『これが限界』という至近距離に建てることになりました。家の隣の土手一帯をユンボで掘って土地を平らにならして……と、実は手がかかっています。ただそのおかげで、観客が室井の心情に思いを寄せざるを得ないシーンが撮影できたと思います」

美術はキャラクターの一部を担う存在といっても過言ではない。
「セットに入った柳葉さんが自然に演じられるような空間にしようと心がけました。実際、撮影前にセットへ足を踏み入れた柳葉さんが『こんな素晴らしいセットをありがとう。これだったら演技に入っていける』と美術部に言ってくださったのには僕もびっくりしました。美術をやっていてよかったです(笑)」

秋田市の中心部から少し離れたところに建つ、築80年越えの3LDKの古民家。いろりでは、秋田名物のきりたんぽが焼かれる。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#151(12月号2024年10月18日発売)『室井慎次 生き続ける者』の美術について、美術・相馬さんのインタビューを掲載。

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Profile

プロフィール

美術

相馬直樹

soma naoki

64年北海道生まれ。アタッカンテ所属。数多くの映画、CM、MVの美術を手がける。024年は『ある閉ざされた雪の山荘で』『変な家』『夢の中』が公開。『あたしの!』が11月8日公開予定。

Movie

映画情報

室井慎次 生き続ける者
監督/本広克行 脚本/君塚良一 出演/柳葉敏郎 福本莉子 齋藤潤 前山くうが・こうが ほか 配給/東宝 (24/日本) 警察を退職し、故郷の秋田県で暮らす室井慎次は、被害者家族、加害者家族の子どもと静かな日々を送っていた。だが家の近くで遺体が発見されたことより、事件と関わらざるを得なくなっていく……。11/15~全国公開 (C)2024 フジテレビジョン ビーエスフジ 東宝
室井慎次 生き続ける者公式HP