『かもめ食堂』から『波紋』まで、その独特の作風で高い評価を受ける荻上直子監督。監督の熱望により、最新作『まる』では堂本剛が27年ぶりの単独映画主演を務める。主人公・沢田の部屋をつくりあげたのは富田麻友美さんだ。
「どこかで絵をひきずっているけれど、いまは描いていない」というニュアンス
有名アーティストのアシスタントで生計を立て、淡々と生きている男、沢田。彼が住むのは、古びたマンション。撮影は横浜市に建つビルをまるごと一棟借りておこなわれた。
「いろいろと探してもらいました。愛知県の名古屋や茨城県まで範囲を広げていただいたのですが、最終的には横浜の伊勢佐木町付近の物件に決まりました。築50年が経っている取り壊し予定の廃ビルです。『何をしてもいい』という了承をいただけたことが選定の理由のひとつです。天井も床も、もとの化粧を剥がしてロケセットをつくっていきました」
荻上監督と何作品もタッグを組んできた富田さん。毎回細かいリクエストはなく、今回も「とにかくカッコよくしたい」というオーダーのもと、制作が始まった。
「アーティスティックというか、グラフィカルというか、あまり日本っぽい感じがしない部屋にしようと思いました」
リサーチとして参考にしたのは、さまざまな画家のアトリエの写真だった。
「手持ちのものを改めて見返したりしながら、資料に当たりました。『画材に囲まれた空間』というよりは、『アトリエに住んでいる』と感じられるサンプルを探していた気がします。資料も踏まえ、沢田の家は賃貸という設定なので『絵を描いて汚れてもいいよう、もともとあった畳を剥がして板張りにした』という仕様で飾っていきました。板張りは、和風のニュアンスから離れることができて、アトリエ感が出せる。とはいえ、板をただ並べても面白くないので、つぎはぎ感を意識して、板材を短めに切って模様を描くように並べました」
沢田が「自分の好きな絵を描いて生計を立てる」生き方をあきらめた人間であることも、美術の方針を定める大きなポイントだった。
「望まない仕事に就いて我慢している。美術家のアシスタントをしているのは、ご飯を食べていくため。昔はいっぱい描いていたけれど、もう夢はあきらめた……。でも画材を処分する勇気もない。なんとなくどこかで引きずっているけど、いまは描いていない、という風にしようと考えました。なので、『いままさに描いている真っ最中』という雰囲気にならないよう気をつけました」
目をひくのが、部屋の中央に配された水槽で泳ぐ古代魚。
「エンドリケリーは堂本さんとの会話からの発案とお聞きしています。それだけでなく、ほかにもいろんなアドバイスをいただきました。陽が当たりそうなポジションは古代魚にとってよくないので、最初のプランでは水槽を部屋の端っこに置こうとしていたんです。一度は壁側に置いたのですが、みんなで探って、最終的には『真ん中に持っていっちゃおう』となりました。カメラマンの山本英夫さんや照明の小野晃さんも含め、オールスタッフで決めた気がします。絵を描く人のほとんどは直射日光が入らない北向きの部屋にアトリエを構える。この部屋も設定上はきっと北向きだから、日差しは気にせずともよかったんです」
本作はこれまで以上に、俳優陣の演技に惹かれたという。
「カメラを回す前に役者さんと監督で『今日のこのシーンはどんな感じでやるか』を細かく、毎日何十分もかけて話し合いをする。そこでご本人が到達したであろう、『こういうことかな』というアイデアを表現する様子を観ていると、腑に落ちることもあれば、『そうしたのね』と驚くこともある。ディスカッションをして、自分の中で考えをまとめて、それをお芝居に出す、というプロセスはとても興味深かったです」

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#151(12月号2024年10月18日発売)『まる』の美術について、美術・富田さんのインタビューを掲載。
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