Room154

ぼくが生きてる、ふたつの世界

2024.09.17

耳のきこえない両親と主人公が暮らす

時代の移ろいを反映させた一軒家

美術井上心平

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五十嵐大さんの自伝的エッセイを、呉美保監督が映画化した『ぼくが生きてる、ふたつの世界』。耳のきこえない父・陽介(今井彰人)と母・明子(忍足亜希子)のもと、愛情を注がれ育った大(吉沢亮)が、戸惑いながらも成長していく姿を描いている。井上心平さんは大の住まいをどのようにつくり上げたのだろう。

変化は大胆に表現しないと観客に伝わらない

原作は五十嵐大さんの自伝的エッセイ。撮影は五十嵐さんの出身地・宮城県で探し出した空き家を借りておこなわれた。

「原作は塩竈市が舞台なのですが、映画では特定せず、宮城県のどこか、という設定です」

敷地内に大きな納屋があることから、元農家と思われる物件。部屋によって畳の色が違っていたそうだが、「面白いから、それを活かして撮影しました」と井上さん。建具は全体的に古びていたが、居間と両側の部屋の間の障子だけは新しかったという。

敷地の入り口付近の塀には郵便ポストを設置。
幼少期の大と母親が手紙を送り合うシーンに登場する。

「そこはロケハンですごく気になったところ(笑)。どうしようかと考えた挙句、障子にはすべて汚しを入れることにしました。監督やカメラマンの方に言われたわけじゃないんですけどね。出来上がった映画を観て、『やってよかったな』と思いました」

大が生まれたのは1983年。物語は彼の成長とともに展開していく。

随所に、父が旅行で買ってきた各地のお土産が。
このほかにも大きな王将などの置物やペナントが飾られている。

「時代の変化を追っていく物語だったので、美術でもその変化を表さなければいけない。まずスタートとなる80年代を構築しようというところから始めました。僕自身が1974年生まれなので、80年代のビジュアルは記憶の片隅にそこそこ残っているんです」

時代の経過を表現するために、テレビだけでも年代ごとに違うものが3台登場する。

「1台目は80年代当時のものです。その後、小学生の大がファミコンをするシーンがあって、それもまだブラウン管のテレビ。2011年、大が東京に出てから一回帰郷したシーンでは液晶にしました」

時代をまたぐ作品をこれまで数多く手がけてきた井上さんの経験が本作でも活かされている。

大の子ども部屋にも色味のあるアイテムがあちらこちらに。現場に入った子役キャストたちは
「『僕、こういう部屋に住みたい』と言っていました(笑)」。現代っ子にとって昭和の色調は新鮮だった模様。

「経年による変化、飾り変えは大胆にやらないと観ている人にはなかなか届かない。毎回ちょっとずつ試行錯誤をしています。今回なら、時代が変わるといきなりソファが置かれていたり(笑)」

時代考証も大事だが、それよりも優先するものがあるという。

「例えば1987年という設定だったら、1990年に発売されたテレビや冷蔵庫は置かない。そのリアリティさを大事にしています。しかしアイテムを選定するなかで『製年としては2年ぐらい嘘になるけど、映画としてはすごくハマる。どうしよう』ということがある。僕はそれはOKにします。今回そういうことはなかったですけどね」

「家計を支えるために内職をしている母親」という設定を表現するために、造花が詰まったダンボール箱がいくつも用意された。

時代の変化を表現するうえで、鍵を握ったのは「色」だった。過去であればあるほど色あせた風にしつらえるのかと思いきや、意外にも時代が古いほうが「色鮮やか」。

「とくにキッチンは意識的に色を入れています。冷蔵庫も最初は色味がありますが、現代に近づくとシルバーになります」

一方で変わらないものもある。

「置物などの小物類は同じものを残しています。リアルな生活でも、棚の中の小物が20年でガラッと変わるかというと、そうでもないですし」

台所の窓。「劇中の後半はこんな感じですが、80年代設定の撮影時は、ガラスの下部にレトロなステンドグラス風のシールを貼って当時の雰囲気を醸しました」
台所のディテールにも時代の変化が表現されている。こちらは昭和レトロ感漂うフラワー柄のコップ。ほかにも「80年代の食卓にはそれっぽいビニールのテーブルクロスを掛けていますが、時代が新しくなるとハズしました」と井上さん。

「大が電球を点滅させて、耳のきこえない母親に帰宅を知らせるというシーンが印象的だ。

「初期の脚本にはなかったのですが、監督から『こういうことをしたいんですけど』とリクエストがあって、あの仕掛けをつくりました。おそらく原作に記述があったのか、演出部がろう者の方にリサーチをして、取り入れたんだと思います」

井上さんは以前、聴覚障がいを持ったプロボクサーを主人公にした物語、三宅唱監督の『ケイコ 目を澄ませて』でも美術を手がけている。

「『ケイコ 目を澄ませて』でもリサーチを反映させて、インターホンが鳴ったら光が回転する仕掛けをつくりました。ただ、ろう者の方の住まいならではの要素はそれくらいで、健常者の家とあまり違いはないんです」

井上さんと呉美保監督は、『そこのみにて光輝く』(14)、『きみはいい子』(15)と、すでに2作品でタッグを組んできた間柄。

「出会って10年ぐらい経ちます。監督はとてもおしゃべりで、ヘビーなシーンを撮る直前でも平気でスタッフと雑談をしている方(笑)。ただよく聞いていると、相手の話を引き出して、そこからおしゃべりが盛り上がっている。役者さんのいいところを上手にすくい取る演出と、どこか関係があるのかもしれません」

本作は2023年8月の猛暑の中、撮影された。

「家には奇跡的にエアコンが残っていましたが、まったく効かず、地獄のような暑さでみんな大変な思いをしました(笑)。でもつくり込むのにはやりがいがあったし、撮影直前にそれを見た監督はすごく喜んでくれました。苦労した甲斐がありましたね」

宮城県の自然豊かな場所に建つ6DKの一軒家。大が生まれた1983年時点で築30年ほど経っている。

映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#150(10月号2024年8月16日発売)『ぼくが生きてる、ふたつの世界』の美術について、美術・井上さんのインタビューを掲載。

Profile

プロフィール

美術

井上心平

inoue shimpei

74年兵庫県生まれ。磯見俊裕氏に師事。近作に『麻希のいる世界』『マイ・ブロークン・マリコ』『ケイコ 目を澄ませて』(すべて22)、『ちひろさん』『春に散る』『正欲』(すべて23)、『すべての夜を思いだす』(24)などがある。

Movie

映画情報

ぼくが生きてる、ふたつの世界
監督/呉美保 原作/五十嵐大 脚本/港岳彦 出演/吉沢亮 忍足亜希子 今井彰人 ユースケ・サンタマリア 烏丸せつこ でんでん ほか 配給/ギャガ (24/日本/105min) 耳のきこえない両親のもとで愛されて育った五十嵐大。幼い頃から母の「通訳」をすることも「ふつう」の楽しい日常だった。しかし次第に、周りから特別視されることに戸惑い、苛立ち、母の明るささえ疎ましくなる。20歳になった大は逃げるように東京へ旅立つが……。9/20~全国公開 ©五十嵐大/幻冬舎 ©2024「ぼくが生きてる、ふたつの世界」製作委員会
ぼくが生きてる、ふたつの世界公式HP

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