累計180万部を突破したヤマシタトモコのコミック「違国日記」が実写映画化。両親を突然亡くした朝(早瀬憩)は、叔母である小説家の高代槙生(新垣結衣)に引き取られ、同居生活を始めることになる。物語が描くのは、朝・槙生、心に抱えた傷がともに癒やされていく変化。美術の安宅紀史さんは、主な舞台となった槙生のマンションをどのように表現したのだろう。
物件の特性を活かしたつくり込み
主な舞台の一つが、槙生と朝がともに暮らすことになるマンション。そのロケセット探しは難航した。
「普通のマンションのつくりは、リビングやダイニングがあって、各々の部屋があるというような、それぞれが壁で完全に区切られています。空間のつくり込みに際して自由度が高いところを、と考えた結果、以前別の作品で撮影したことがあった物件をお借りすることにしました」槙生の執筆部屋には古めかしい木製の机を置いた。
「机は、モダンなものより、ちょっと古めなものがいいと考えました。とはいっても、アンティーク調でデコラティブなものだと趣向性が強すぎる。アメリカのミッドセンチュリー風で工業デザイン的なものがふさわしいのかなと思いました」椅子はというと、機能的な現代のもの。それらのチョイスには、安宅さんがイメージする槙生のキャラクターが反映されている。
「普通のマンションのつくりは、リビングやダイニングがあって、各々の部屋があるというような、それぞれが壁で完全に区切られています。空間のつくり込みに際して自由度が高いところを、と考えた結果、以前別の作品で撮影したことがあった物件をお借りすることにしました」槙生の執筆部屋には古めかしい木製の机を置いた。
「机は、モダンなものより、ちょっと古めなものがいいと考えました。とはいっても、アンティーク調でデコラティブなものだと趣向性が強すぎる。アメリカのミッドセンチュリー風で工業デザイン的なものがふさわしいのかなと思いました」椅子はというと、機能的な現代のもの。それらのチョイスには、安宅さんがイメージする槙生のキャラクターが反映されている。
「いずれも『頑張って揃えました』というよりは、意識せず選んだもの。本人はわりと無頓着なんです。でもそれが見方によっては格好よく映るかもしれない……ぐらいの感じにしたかった。オシャレ過ぎたり、趣味人風なものだと、本人像から遠ざかってしまうので」執筆の資料本が乱雑に積みあげられている様子も槙生の性格を象徴している。だが、そうしつらえることは簡単ではないのだそう。
「アングルにもよるのですが、現場で見えている印象と違って、映像では物量がなかなか映りづらい。おとなしめに、少なめに見えがちなんです。だったらどうすればよいのかというと、まず本の物量を増やす。そしてカットごとに、さらにかさをあげたり、積み方を変えたりします」
「アングルにもよるのですが、現場で見えている印象と違って、映像では物量がなかなか映りづらい。おとなしめに、少なめに見えがちなんです。だったらどうすればよいのかというと、まず本の物量を増やす。そしてカットごとに、さらにかさをあげたり、積み方を変えたりします」
その反面、本棚の書籍は整然と並んでいる。槙生の著作の一群と、それ以外は槙生が好きで集めたものだ。
「だいたいは小説です。ミステリー、ファンタジー、SFなどが並んでいます。槙生が書いている小説のテイストに近しい、現実世界から少し遊離しているようなものが多いですね」著作は映画のために用意された、オリジナルの装丁が施されたもの。一方、愛読書の多くは複数の出版社の協力を得て集められた。
「貸し出し担当の窓口には原作をご存じの方がたくさんいらっしゃって、『槙生の部屋だったらこういうのがいいんじゃないですか?』とお勧めしてくださった(笑)。原作に対するみなさんの理解度の深さに触れて、改めて『すごい漫画なんだな』と感じましたし、非常に助かりました。気持ちよくお貸しいただけました」
「だいたいは小説です。ミステリー、ファンタジー、SFなどが並んでいます。槙生が書いている小説のテイストに近しい、現実世界から少し遊離しているようなものが多いですね」著作は映画のために用意された、オリジナルの装丁が施されたもの。一方、愛読書の多くは複数の出版社の協力を得て集められた。
「貸し出し担当の窓口には原作をご存じの方がたくさんいらっしゃって、『槙生の部屋だったらこういうのがいいんじゃないですか?』とお勧めしてくださった(笑)。原作に対するみなさんの理解度の深さに触れて、改めて『すごい漫画なんだな』と感じましたし、非常に助かりました。気持ちよくお貸しいただけました」
リビングや廊下、寝室も、さまざまなもので床が占拠されている。
「執筆資料や衣類に加え、手紙や請求書、あとは昔の仕事の名残りのようなものがどんどん溜まっているという風に飾りました。シンプルに『槙生は片付けられない人なんだろうな』という風に感じられるよう、ゴミ屋敷的な清潔感のないニュアンスは避けました。コンビニの袋や空き缶などの小物類もほんの少し置いてはいるのですが、生っぽくなりすぎないよう気をつけています。その塩梅は瀬田なつき監督と試行錯誤しながら探りました」槙生の家に朝がやってきて、少しずつ二人の関係が変わっていくのと並行して、部屋の風景にも変化が表れる。
「執筆資料や衣類に加え、手紙や請求書、あとは昔の仕事の名残りのようなものがどんどん溜まっているという風に飾りました。シンプルに『槙生は片付けられない人なんだろうな』という風に感じられるよう、ゴミ屋敷的な清潔感のないニュアンスは避けました。コンビニの袋や空き缶などの小物類もほんの少し置いてはいるのですが、生っぽくなりすぎないよう気をつけています。その塩梅は瀬田なつき監督と試行錯誤しながら探りました」槙生の家に朝がやってきて、少しずつ二人の関係が変わっていくのと並行して、部屋の風景にも変化が表れる。
「空間が片付いていくのと同時に、朝の生活まわりのアイテムが増えていきます。教科書、参考書、軽音の活動で使うもの、着替えを収納する棚などは、それまであったものと色合いも違う。元々は茶系が多かったけれど、朝が住まうことによって、空間に明るい色味が足されていくんです。原色や鮮やかな色というよりは、真っ白ではないものの、白に近いトーンのものを集めたという記憶があります」
本作のロケセットは、そのすべてが使用されているわけではない。別間に通じるドアを『収納スペースの両開きの扉』に仕立てるなどして実際の空間の一部を存在しないように見せることで槙生の住まいはつくられた。
本作のロケセットは、そのすべてが使用されているわけではない。別間に通じるドアを『収納スペースの両開きの扉』に仕立てるなどして実際の空間の一部を存在しないように見せることで槙生の住まいはつくられた。
「ロケセットで撮影するのであれば、その物件の特性を活かさないと意味がありません。活かさないなら、スタジオでセットを組むほうがいい。今作の物件選定に際しては、撮影部や照明部にとって使いやすいかどうかも視野に入れていたので、バルコニーの広さは重要でした。窓の外からのカメラアングルも得られますし、自然光を活かすこともできる。その一方で、ルーフと両側に壁があって開口部を塞ぎやすいので照明の自由度も高かった」
美術部としても、物件の特性を最大限に活用している。
「槙生の部屋は、広いリビングのなかに壁を設置してつくりました。3枚の引き戸を開閉することで、心情の移り変わりに応じて、閉じた空間・抜けのいい奥行きある空間、という画に変化します。そういう発想を落とし込む作業は面白かったですし、実際に効果が上がっていればうれしいですね」
「槙生の部屋は、広いリビングのなかに壁を設置してつくりました。3枚の引き戸を開閉することで、心情の移り変わりに応じて、閉じた空間・抜けのいい奥行きある空間、という画に変化します。そういう発想を落とし込む作業は面白かったですし、実際に効果が上がっていればうれしいですね」
映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#149(8月号2024年6月18日発売)『違国日記』の美術について、美術・安宅さんのインタビューを掲載。
中野区の物件を探す
Profile
プロフィール

美術
安宅紀史
ataka norifumi
71年石川県生まれ。99年『月光の囁き』で美術監督デビュー。近作に『さかなのこ』『千夜、一夜』(ともに22)『#マンホール』『波紋』『春画先生』(すべて23)などがある。
Movie
映画情報

違国日記
監督/瀬田なつき 原作/ヤマシタトモコ 出演/新垣結衣 早瀬憩 ほか 配給/東京テアトル ショウゲート(24/日本/139min)
人見知りの槙生は、葬儀の場で思わず口走ってしまった発言が元で、両親を交通事故で亡くした姪・朝を引き取ることになる。やがてぎこちない同居生活が始まるが──。全国公開中
©2024 ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会
違国日記公式HP