Room149

ハピネス

2024.04.30

父親から受け継いだ趣味嗜好

育ちの良さを伝える男子高校生の部屋

美術丸尾知行

SHARE

場面写真
「下妻物語 ヤンキーちゃんとロリータちゃん」や「ミシン」「エミリー」などで知られる嶽本野ばらの同名小説が実写映画化。心臓の病気のため、医者から余命宣告を告げられた高校2年生の由茉(蒔田彩珠)。恋人の雪夫(窪塚愛流)は幸せな日々をつくりあげることを決意し、由茉は人目を気にしてできなかったロリータファッションに挑戦する──。今作の美術を手がけたのが、『長いお別れ』といったリアルなドラマから、『ルパン三世』のようなコミックを原作とした作品まで、幅広い作品で活躍する丸尾知行さんだ。

「見栄えのよいものを」と、一つ一つにこだわる

雪夫は、裕福な家庭で育った少々浮世離れしたイメージのキャラクター。その住まいは横浜に建つゴージャスなマンションで撮影された。
「篠原哲雄監督がお決めになった物件で、おそらく外国人向けだと思います。採光用の吹き抜けがあって、それを取り巻くように廊下やバルコニーが配されていたり、バルコニーも複数あるし、それぞれの部屋は広めだったり……と豪華でした。部屋と廊下、吹き抜けを使った撮影は面白かったですね。距離感を意識して、立体的な画になるように撮ることができました」

吉祥寺にある井の頭公園は、杉並区在住の雪夫と由茉にとって、定番のデートコース。


室内はモノトーン調をベースに、落ち着きのある感じに仕立てられた。調度品の数々にも「裕福な家庭」ぶりは反映されている。
「『こういうマンションに住む家族だったら、こういうものを置くだろう』と考えてチョイスしました。きっと安物は購入しないでしょうから、ちょっと見栄えのよいものをと、一つ一つにこだわって置いた記憶があります」「安物ではない」といっても、いかにも高価そうな主張の強いアイテムは見当たらない。そこに、家族の品のよさがうかがえる。室内の状態もキャラクターを読み解く大きなポイントだ。
雪夫のマンションのダイニング

モノトーン調で端正な印象を受けるリビング。


「部屋がきれいでしょう? 雪夫は几帳面なんです」姉・月子(橋本愛)は家を出て行き、両親は仕事の都合で海外暮らしのため、雪夫は広いこの家に一人暮らし。毎日カーテンを開け閉めし、掃除も欠かさない、律儀な雪夫の性格を、その佇まいは表している。そして雪夫の部屋に目を移すと……。
「雪夫が自分で『好きだ』と思えるものを置いています」父親の影響で美術に興味を持ち、絵を描きはじめた雪夫。美術書が並ぶ本棚、イーゼルやキャンバス、画材を収めた棚などから、そのアート志向が窺える。マンガや音楽のポスターといった、いまどきの高校生が持っていそうなものは見当たらない。
雪夫の部屋
雪夫の部屋2

雪夫の部屋の本棚に並ぶ本は、父親のもの。それらを読んで育った雪夫は、当然のように美術に興味を持つに至ったという設定。


「台本から受けたイメージに沿って、いまどき風にはしなかったんです。雪夫はけっして主義主張がないわけでなく、大胆なところもある人物なのです」ちなみに雪夫の自転車はブルー。モノトーン調のこの住まいにあって、食器など、随所に差し色として用いられている色でもある。
「自転車の色は監督の指定だったんです」一方、恋人の由茉の部屋は、ピンクと緑をキーカラーにした、明るい風合いだ。
「由茉の住まいはロケセットです。日本家屋でしたが、この部屋だけ洋風に仕上げています。壁紙を全部貼り直して、クローゼットを整え、ベッドやドレッサーなどの家具、シャンデリア、カーペットを揃えて……。一番お金がかかったところです(笑)」
劇中には実在の場所、地名が多々登場する。それにも関わらず、どこか浮世離れした世界観が漂うのは、こうしたディテールの積み重ねの賜物だった。

由茉の部屋を飾り付けたのはお母さん。もともとセンス抜群というわけではなく、慣れないながらも、由茉のためにがんばってロリータ調にしつらえた、という設定。


劇中に登場するロリータファッションのブランド・イノセントワールドの大阪本店はかつて実在していたが、22年に閉店。本作に登場する本店の意匠は、再現ではなくロケセットでつくられたオリジナル。


雪夫と由茉がデートでしばしば訪れるカフェ。飾られている絵は、原作にも登場する、実在するカフェ「宵待草」のオーナーが所有しているものをお借りして飾り付けた。


杉並区荻窪に建つ3LDKのマンション。築25年近く。ワンフロア1世帯というぜいたくな住空間に、雪夫は一人で暮らしている。


映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#148(6月号2024年4月18日発売)『ハピネス』の美術について、美術・丸尾さんのインタビューを掲載。

Profile

プロフィール

美術

丸尾知行

maruo tomoyuki

53年生まれ。『祭りの準備』(75)で美術助手として映画界入りし、ATG、円谷プロを経て独立。多くの廣木隆一監督作品の美術を手がける。近作に『夕方のおともだち』『夜明けまでバス停で』『あちらにいる鬼』『母性』『月の満ち欠け』(すべて22)、『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(23)などがある。

Movie

映画情報

ハピネス
監督/篠原哲雄 原作/嶽本野ばら 出演/窪塚愛流 蒔田彩珠 橋本愛 山崎まさよし 吉田羊 ほか 配給/バンダイナムコフィルムワークス(24/日本/118min) 雪夫は由茉から「あと1週間で死んじゃうの」と告白される。残りの人生を精いっぱい生きると決めた由茉に、雪夫は寄り添う決意をする。5/17~全国公開 ©嶽本野ばら/小学館/「ハピネス」製作委員会
ハピネス公式HP