『世界の中心で、愛をさけぶ』をはじめとする行定勲監督作品の脚本で知られる伊藤ちひろ。10年をかけて書き上げた小説「ひとりぼっちじゃない」を自ら映画化し、監督デビューを飾った。主人公・ススメはロックバンド「King Gnu」の井口理が、ススメが恋をするアロマショップを営む宮子を馬場ふみかが演じる。美術の福島奈央花さんは、あえて説明を省くことで観る者のイマジネーションを刺激する空間をつくりあげた。
彼女が自然の中に溶け込んでいるような場にしたい
主人公・ススメが通う、謎めいた女性・宮子の部屋。福島さんは、神奈川県にあるロケ地となったマンションを、植物が生い茂るミステリアスな空間につくり変えた。
「もうひとつ候補となった物件があって迷ったのですが、最終的に現在の場所になった理由は、マンションが高低差のある坂の途中に建っていて、木々に覆われているように見える奇妙な空気感のある立地だったからです。空間が自然と一体化しているように見えるのは、監督にとっても重要なポイントでした」
「もうひとつ候補となった物件があって迷ったのですが、最終的に現在の場所になった理由は、マンションが高低差のある坂の途中に建っていて、木々に覆われているように見える奇妙な空気感のある立地だったからです。空間が自然と一体化しているように見えるのは、監督にとっても重要なポイントでした」
室内からバルコニー方向に目を向けると、一面の緑。室外と室内の境界を曖昧にするため、福島さんはバルコニーに面した一番大きな窓のガラスを取り外した。
「象徴的な空間をつくろうと考えました。自然が外から内側に侵食していて、内側の緑も外へ侵食していくような繋がりを部屋に持たせたかったんです。カーテンが風でなびいていてほしいというのも監督のオーダーでした。風を感じるような開放的な空間。その窓の手前は宮子が睡眠をとるエリアになっています」
「象徴的な空間をつくろうと考えました。自然が外から内側に侵食していて、内側の緑も外へ侵食していくような繋がりを部屋に持たせたかったんです。カーテンが風でなびいていてほしいというのも監督のオーダーでした。風を感じるような開放的な空間。その窓の手前は宮子が睡眠をとるエリアになっています」

窓際に置かれたスタンドライト。「緑があふれる部屋の中で、キーになる色として赤を入れたいと考えました。このランプシェードの裾に付いている赤いビーズをつくってくださったのは、装飾助手の方です。小さいけれど、窓際にあるので昼になると光を帯びて存在感が増します」
非日常的な空間づくりには、監督の「子宮」というキーワードが起点となった。植物があふれる部屋は、たしかに胎児を包み込む子宮のようにも感じられる。
「植物の描写は原作の小説にも出てきます。子宮は新しく生命が生まれるところなので、空間自体が【呼吸】をしているような部屋にしようと考えました。部屋の植物が、インテリアのような見え方ではなく、もとからそこに存在していたかのような雰囲気を作れたらと。自然にあふれた部屋で、宮子が溶け込んでしまうような空間にしたいと考えました」
「植物の描写は原作の小説にも出てきます。子宮は新しく生命が生まれるところなので、空間自体が【呼吸】をしているような部屋にしようと考えました。部屋の植物が、インテリアのような見え方ではなく、もとからそこに存在していたかのような雰囲気を作れたらと。自然にあふれた部屋で、宮子が溶け込んでしまうような空間にしたいと考えました」

宮子の部屋にあふれる植物たち。「宮子がファンリーフゼラニウムの苗をススメに分けるシーンがあることから、監督からはハーブ系の植物を多く取り入れてほしいという要望がありました。そのため睡眠をとるエリアにはハーブを多めに配置したのですが、他にも日本に原生しないものなど、いろんな種類のものがあります」
実際にはどのような植物を置くか……。選定にあたり、福島さんが頼ったのがガーデナーの柵山直之さんだ。
「以前舞台美術のお仕事で、本物の植物を使って舞台上を森のようにしつらえたことがあるのですが、そのときにお世話になった方です。柵山さんにイメージを伝えると、膨大な量の植物を保管している場所があるので、よかったらそこに来てみてはと提案してくださいました。生命体としての植物を直に感じとったうえでプランを立てたかったので、実際に名古屋まで見に行かせていただきました。膨大な量に圧倒されてしまうほど、まさに秘密基地のような場所でした(笑)。 ひとつひとつじっくり見ていきながら選び、仮組もしていただき、宮子と融合できそうな植物や木々はどれか、どのようなバランスにしていこうかと柵山さんとプランを練りました」
「以前舞台美術のお仕事で、本物の植物を使って舞台上を森のようにしつらえたことがあるのですが、そのときにお世話になった方です。柵山さんにイメージを伝えると、膨大な量の植物を保管している場所があるので、よかったらそこに来てみてはと提案してくださいました。生命体としての植物を直に感じとったうえでプランを立てたかったので、実際に名古屋まで見に行かせていただきました。膨大な量に圧倒されてしまうほど、まさに秘密基地のような場所でした(笑)。 ひとつひとつじっくり見ていきながら選び、仮組もしていただき、宮子と融合できそうな植物や木々はどれか、どのようなバランスにしていこうかと柵山さんとプランを練りました」
色々な種類の植物の中で、重要な役割を担ったひとつが「ジャボチカバ」巨峰に似た、直径2~3cmほどの実をつける熱帯植物だ。これは監督の希望で、その果実も劇中に登場している。
「飲料水にフルーツを入れるなど、宮子は食生活にも自然を採り入れています。そのルーティンのひとつが、ジャボチカバの実を食べることでした」多種多様な植物の置き方にも工夫がこらされている。
「ほとんど鉢は使わず、根本をビニールの小さなポットに入れ、それが見えないように葉などで覆った上で配置しています。植物が床から生い茂っているかのように見せようと考えたんです」
「飲料水にフルーツを入れるなど、宮子は食生活にも自然を採り入れています。そのルーティンのひとつが、ジャボチカバの実を食べることでした」多種多様な植物の置き方にも工夫がこらされている。
「ほとんど鉢は使わず、根本をビニールの小さなポットに入れ、それが見えないように葉などで覆った上で配置しています。植物が床から生い茂っているかのように見せようと考えたんです」
部屋の工夫は見え方だけではない。宮子はアロマショップを経営しているという設定から、見えない要素にも福島さんは手を加えていた。
「宮子は「香り」がきっと身近にある。わたしなりの宮子の香りを白檀(ビャクダン)と決めて、現場でそのお香を焚きました。映画を観る方には伝わらないとは分かっていたのですが、たとえ画に映らずとも香りがあることで、役者にしてもスタッフにしても、もしかするとなにか変化があるかもしれない、それによってよりよい画になるかもしれないと思ってやってみました」
「宮子は「香り」がきっと身近にある。わたしなりの宮子の香りを白檀(ビャクダン)と決めて、現場でそのお香を焚きました。映画を観る方には伝わらないとは分かっていたのですが、たとえ画に映らずとも香りがあることで、役者にしてもスタッフにしても、もしかするとなにか変化があるかもしれない、それによってよりよい画になるかもしれないと思ってやってみました」

緑に囲まれた立地に建つワンルームマンション。
撮影は神奈川県に建つマンションでおこなわれた。「外観も緑が多く、エントランスからして、宮子の生活の一部になっているような場所だと感じました。建物に入るまでに階段を降りる場面がありますが、「潜っていく」という動線も宮子の住まいのイメージにかなったことがロケ地選定の決め手になりました」
映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#141(4月号2023年2月18日発売)『ひとりぼっちじゃない』の美術について、美術・福島さんのインタビューを掲載。
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Profile
プロフィール

美術
福島奈央花
fukushima naoka
86年神奈川県生まれ。相馬直樹氏に師事。映画美術/舞台美術家。手がけた主な作品に、映画『ユンヒへ』(19)、『佐々木、イン、マイマイン』(20)、『そばかす』(22)など、King Gnu『The hole』MV(19), SixTONES『わたし』MV (22)などがある。
Movie
映画情報

ひとりぼっちじゃない
監督・脚本/伊藤ちひろ 出演/井口理 馬場ふみか 河合優実 相島一之 高良健吾 浅香航大 ほか 配給/パルコ (22/日本/135min)
人とうまくコミュニケーションのとれない、歯科医のススメ。彼はマッサージ店で働く宮子に恋をする。だが宮子は部屋に鍵をかけず、突如連絡が取れなくなったりするような、つかみどころがない女性だった。ある日、ススメは宮子の友人・蓉子から、宮子の身に起きた驚きの事実を聞く……。3/10~全国公開
(C)2023「ひとりぼっちじゃない」製作委員会
ひとりぼっちじゃない公式HP