Room128

今夜、世界からこの恋が消えても

2022.07.27

目覚めると記憶が消えてしまっている

病に向き合う女子高生の気持ちを映した部屋

美術松永桂子

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『ホットロード』『アオハライド』『思い、思われ、ふり、ふられ』『きみの瞳が問いかけている』など、数多くの青春映画を手がけてきた三木孝浩監督の最新作『今夜、世界からこの恋が消えても』。眠りにつくと記憶を失くしてしまう病「前向性健忘(ぜんこうせいけんぼう)を患う少女・真織(福本莉子)と、献身的に真織を支える少年・透(道枝駿佑)の切ないラブストーリーだ。脚本を読んで涙したという美術の松永桂子さん。真織の部屋には、彼女が抱える困難と細やかな工夫が表現されている。

時間経過を象徴するアイテムが随所に

真織の家の立地は相模湾に面した神奈川県の湘南エリア。住宅街にある一軒家で、ひとりっ子の真織は2階の部屋をあてがわれているという設定だ。実際に外観は湘南で撮影された。
「制作部さんが見つけてきてくれた物件で、目の前に坂があって雰囲気のあるロケーションでした。監督が気に入り、すぐに決まりました」一方、部屋の内部はスタジオでセットがつくられた。

劇中に登場するステンドグラスは美術部がデザイン。作成したのはステンドグラス作家である美術助手の植野さんのお母さん。
「台本の表紙の色がきれいだったので、その色を部屋に採り入れようと考えました。玄関にもオリジナルのステンドグラスをつくったのですが、こちらは日野という苗字にちなんで日の出をイメージしたものです。このふたつのアイテム、わたしの中では対になっているんです」



「ロケーションという選択肢もあったのですが、落ち着いて撮影できることからセットをつくることになりました。夕景や朝のシーンがあって、セットならば光をコントロールできるという理由も大きかったです。ロケーションとなると、撮影の順番もバラバラになるので、役者さんが感情の流れをつくる上で負担が大きい。映画の構成上は時系列が前後しますが、撮影については、物語の順を追って撮りたいということでセットになりました」


部屋の中心部、机の横の柱が目を引く。
「柱を配したのは、外観が先に決まっていたからです。この物件の2階は八角柱が突き出たような面白い形になっていて、この部分が真織の部屋という設定になったんです。お宅を拝見させていただいた際に柱があったので、セットにもそのまま取り込みました」制作にあたって、松永さんは「ちょっと風変わりにしよう」と考えていたという。その発想は、湘南という立地も関係している。


「湘南をロケハンしていて感じたのは、“この地域のみなさんは自分たちの生活を楽しんでいる”ということ。個性のある家が多かったのでそう感じたのかもしれません。真織の家も平均的な感じにはしたくないと考えました」前向性健忘を患う真織の部屋のあちらこちらには自身へ向けたメッセージが貼られている。そのディテールに前向きな彼女の性格が表れている。
「張り紙や日記をマスキングテープなどでかわいく飾りつけてあるのは、真織が自分の生活を楽しくしたいから」

真織の家は、真織の部屋、リビング、外観が、すべて別々の場所で撮影されている。「三箇所をパッチワークしたような感じです。3つをマッチングさせるところに苦労しました」



「明るい印象を与える部屋だが、使用されている色数は多くない。ここにも、清楚な箱入り娘というキャラクターが反映されている。
「あまりラブリーにならないようにしようと注意しました。ひとりっ子で、両親に大切に育てられているわけだから、少し品のある感じにしつらえました」なにより意識したのは、部屋が真織の脳内のようなイメージになること。
「記憶をなくして迎える1日という意味では、真織にとって毎日にはそれほど変化があるわけではないかもしれない。それでも少しずつなにかが積み重なっている状況を表現したかった。スケッチブックやメモを増やしたり、張り紙の跡をつくったりして、時間経過を表す演出を施しました」


カレンダーや時計も時間経過の象徴だ。
「記憶がなくなってからどれぐらい経過しているのかわからないと不安になるはず。なので、真織が『いまがいつなのか』を把握できるアイテムを目立つところに置いています」松永さんが三木孝浩監督作へ美術の肩書で関わるのは本作が初めてだが、実は花谷秀文氏の助手として過去数本に参加しているという。
「助手時代に、三木監督のお好きなものや心に響くテイストは、なんとなく感じ取っていた気がします。記憶や、抽象的なイメージを美しく表現していくところが三木さんらしいところだと思います」

魚があしらわれた時計。「装飾の西尾共未さんが掘り出してきた、おすすめの逸品です。ドイツかどこかのアンティークだそうで、秒針が魚なんです。時を刻む、記憶を刻むという意味合いを込めて配置しました」



劇中には真織、透、真織の友人・泉の家が登場するが、その家にも、それぞれのキャラクターが反映されている。
「透の家は雰囲気のある古民家を、泉の家はデザイナーの娘という設定なので大豪邸をお借りして、それぞれ飾っていきました。泉の家については、監督から『ポップアートを』という要望があったので、監督の知人の作家さんや、わたしの友人の作家だったり、いろんな方の絵を飾りました。島田萌さんの作品もあります。個性の異なるアート作品をたくさん配置できて面白かったです」


神奈川県の湘南エリアに建つ3LDKの一軒家。真織が生まれたときに建てられたので、築年数は15年。最下層にはガレージ、その上階に玄関があり、玄関を入ったらそこはリビング。リビングの奥に夫婦の部屋が、最上階に真織の部屋ともうひと部屋があるという設定。


映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#136(8月号2022年6月18日発売)『今夜、世界からこの恋が消えても』の美術について、美術・松永さんのインタビューを掲載。

Profile

プロフィール

美術

松永桂子

matsunaga keiko

83年京都府生まれ。18年『犬鳴村』で長編映画デビュー。美術を手がけた主な作品に『his』『僕と彼女とラリーと』(ともに20)、『さんかく窓の外側は夜』『Bittersand』(ともに21)、『やがて海へと届く』(22)などがある。

Movie

映画情報

今夜、世界からこの恋が消えても
監督/三木孝浩 原作/一条岬 脚本/月川翔 松本花奈 出演/道枝駿佑(なにわ男子) 福本莉子 古川琴音/前田航基 西垣匠 松本穂香 野間口徹 野波麻帆 水野真紀/萩原聖人 配給/東宝 (22/日本/120min予定) 透は、クラスの人気者である真織に告白をする。意外にもOKされた透は、それが友人を守るための嘘の告白だったと伝える。事実を知った真織は「お互い絶対に本気で好きにならないこと」を条件に、付き合っているフリをすることを提案する。7/29~全国公開 © 2022「今夜、世界からこの恋が消えても」製作委員会
今夜、世界からこの恋が消えても公式HP