長編映画2作目にも関わらず、『蜜蜂と遠雷』が日本アカデミー賞で優秀作品賞をはじめ、8部門で受賞した石川慶監督。待望の新作は世界を代表するSF作家、ケン・リュウの『円弧(アーク)』を実写映画化した『Arc アーク』。人類で初めてストップエイジングによる不老不死の施術を受けたリナ(芳根京子)が、30歳の姿のまま永遠を生きる姿を描いた壮大なスケールの物語だ。美術監督の我妻弘之さんはこの世界観へどのようにアプローチをしたのか。
ボディワークスをつくる主人公・リナの美意識を反映した空間
永遠の命を手に入れた主人公のリナが過ごすのは、海を見渡すことができる高台の一軒家。主人公のリナは、劇中、エターニティ社で「ボディワークス」をつくる仕事をしているという設定だ。ボディワークスとは、最愛の人を亡くした人々の依頼を受け、遺体にプラスティネーションと呼ばれる施術をし、故人を在りし日の姿のまま永久に保存する技術のこと。リナがストリングスを使い、遺体にまるで生きているかのようなポーズをつけるシーンは、ダンスを踊っているかのような華麗さがある。
「リナは普通の人には想像できないほどの長い年月を生きます。そんな人がどのような生活空間、生活環境のなかで暮らすのかを想像しました。“人体を使ったアート作品”ともいえるボディワークスをつくる仕事をしているリナは、きっと美意識や趣味性が高く、住居にはその性格が反映されているだろうと考えました」
壁や机に置かれた貝殻やヒトデ、流木などの目を引く小物は、永遠の命を手に入れたリナの心中をどこかで反映しているかのようだ。
壁や机に置かれた貝殻やヒトデ、流木などの目を引く小物は、永遠の命を手に入れたリナの心中をどこかで反映しているかのようだ。
「台本には『プラスティネーションされた海洋生物が飾られている』という記述があったんです。でも、実際にロケ地が決まり、美術のプランニングをする中で方向性が変わっていきました。石川監督とも、魚などの小さい生物を飾っても画面上でわかりづらいのではないかという話になり、その方向性はとりやめになりました。代わりに貝殻など、海を感じさせるものを集めて飾りました。それはリナが集めてきたであろうもので、彼女が少しずつ生活環境をつくっていったというイメージです」
リナの部屋は、海が見渡せる高台に建つ。だが、そのロケ場所を探す作業も大変な苦労が伴った。
「石川監督の中では“海を感じられる場所”であることが重要でした。制作部さんがロケハンでいろいろな場所を探してくれたものの、ピッタリの場所がなかなか見つからなかったんです」
ようやくたどり着いたのが、兵庫県淡路島にあるアート山大石可久也美術館。
「普段なら、僕は物を増やして生活感を足すことが多い。だけどこの作品では、和だったり、ハッキリとしたテイストの家具や物を配置するべきではないと考えました。それは『Arc アーク』という作品全体の世界観の中で、あの家がなにを象徴するのかを考えて、そう思ったんです」
「石川監督の中では“海を感じられる場所”であることが重要でした。制作部さんがロケハンでいろいろな場所を探してくれたものの、ピッタリの場所がなかなか見つからなかったんです」
ようやくたどり着いたのが、兵庫県淡路島にあるアート山大石可久也美術館。
「普段なら、僕は物を増やして生活感を足すことが多い。だけどこの作品では、和だったり、ハッキリとしたテイストの家具や物を配置するべきではないと考えました。それは『Arc アーク』という作品全体の世界観の中で、あの家がなにを象徴するのかを考えて、そう思ったんです」

エマの部屋は、小豆島にある民家で撮影された。ボディワークスをイメージした人形が置いてあるが、これは台本にはなかった要素。「イメージしたのは以前、ドキュメンタリー番組で見かけた樹木希林さんの部屋です。コンクリートの壁という無機質な空間、置かれている物は少なく、洗練されていました」

海を見下ろす丘の斜面に建つ家。リビングダイニングや寝室などを備えた1階に加え、階上にも部屋がある。作品の世界観にマッチした、白く無機質的な空間が広がるなかに、生活感を感じさせる装飾物がほのかに点在する。
映像カルチャーマガジン・ピクトアップ#131(2021年8月号 6月18日発売)
『Arc アーク』の美術について、美術の我妻さんのインタビューを掲載。
『Arc アーク』の美術について、美術の我妻さんのインタビューを掲載。
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Profile
プロフィール

美術
我妻弘之
wagatsuma hiroyuki
78年宮城県生まれ。種田陽平氏、原田満生氏に師事。石川慶監督との映画は『蜜蜂と遠雷』(19)に続き2本目。『ミッドナイトスワン』(20・内田英治監督)で日本アカデミー賞優秀美術賞を受賞。
Movie
映画情報

Arc アーク
監督・編集/石川慶 脚本/石川慶 澤井香織 原作/ケン・リュウ「円弧(ルビ:アーク)」(ハヤカワ文庫刊『もののあはれ ケン・リュウ短篇傑作集2』より) 出演/芳根京子 寺島しのぶ 岡田将生 / 倍賞千恵子 / 風吹ジュン 小林薫 ほか 配給/ワーナー・ブラザース映画 (21/日本/127min)
近未来。自由を求めて放浪生活を送っていたリナは、19歳でエマ(寺島しのぶ)と出会い、彼女の下で「ボディワークス」をつくるという仕事に就く。エマの弟・天音(岡田将生)はこの技術を発展させ、遂にストップエイジングによる「不老不死」を完成させる。リナはその施術を受けるが──。6/25~全国公開
©2021映画『Arc』製作委員会
Arc アーク公式HP