美食の国、フランス。ミシュランをはじめとするレストランガイドは読み切れないほどあるが、行政機関がそのおいしさに太鼓判を押す制度が、今年からスタートしている。パリ市が、市内のおいしいビストロ100店を選ぶ”Les 100 meilleurs bistrots de Paris”だ。審査には、世界的に有名なシェフ、アラン・デュカス氏などが名を連ねる。料理の質や親しみやすさ、顧客を大切にしていること、適切な値段であることなどが審査基準。その初審査で選ばれ、パリ市からメダルを授与された14区のル・コルニッション(Le Cornichon)のシェフ、マチューさんにインタビュー、料理の道に入ったいきさつから、店の特徴、“ビストロノミー”の真髄を語ってもらった。 ――なぜ料理人になったのですか? 最初から料理人を目指したわけじゃありませんでした。大学では、オーディオ・ビジュアルや映画を学んだんです。でも、仕事としてどうかと逡巡しているうちに、料理も悪くないと思って、学校に通い、星付きレストランで修行しました。――映画、料理、どちらもアートな共通点がありますね。 そうですね。「手作り」の仕事がしたかったんです。パン屋でも、花屋でもよかったかもしれない。でも、パン屋は朝早すぎて…(笑)――今はそんなに早起きではない? 朝は9時過ぎに店に出ます。毎日注文する新鮮な素材がすでに届いていますから、そこから昼の時間まで、じっくり仕込みです。――ル・コルニッションが使う素材、料理の特徴は? とにかく新鮮な季節の素材を使います。シンプルだけどきちんとした料理を作りたいからです。オリーブオイルや生のハーブをたくさん使う、どちらかというと地中海の香りがする料理ですね。季節感を大切にしています。もっとも年間通して食べてもらえるスペシャリテは、リ・ド・ヴォー(子牛の胸腺を使ったフランス料理の定番)。それから9月以降はジビエ料理も得意なので、たくさんメニューに並びます。――メニュー、料理はどんな風に決めるんですか? これというミラクルな方法があるわけじゃないんですが、素材を見たり、季節を考えたりしながら、どんな料理を作るかというアイデアをメモします。メモは、とても長くなってしまいますし、かなり長い間そのメモをあたためていることもある。それを店のメンバーと話し合い、少しずつ形にしていくんです。――最近はSNSなどでも様々な料理が語られますが、流行り、というのも考えたりしますか?いいえ。どちらかというと、反対のことを考えているかもしれません。ベジタリアンやグルテンフリーという人も増えたので、お客さんの希望があればそういう対応はしますが、いわゆる流行を気にしたことはないですね。もっとも、SNSに投稿する人が増えて、以前よりビジュアルを考えるという傾向はあるかもしれませんが。――仕事で一番難しいことは何ですか? 料理そのものではなく、厨房の中のコミュニケーションです。自分が考えた料理、コンセプト、エスプリ、そういうものを一緒に働く人たちとうまく共有できるか、きちんと伝えられるか、そこが一番難しいです。――ところで、店名のコルニッション(フランス語でピクルス)は、どうやって付けたんですか? 共同経営のフランクと店を開く時、フランクの息子がまだ小さくて、食卓にのっていたテリーヌのそばにあるピクルスをたくさん食べてたんです。着想はそこですが、ピクルスというのは、フランス人にとっては、パテ、テリーヌやソーセージに添えられているイメージが強く、コルニッションという言葉の響きが、まさにビストロなんですね。――なるほど。最近はビストロノミー(ビストロとガストロノミーをかけた言葉)という表現も定着してきましたが、フランス人にとってのビストロとは? もともとビストロの出発点は、レストランと違ってワインやビールを飲む場所でしたが、今はとても美味しい料理が食べられる場所という意味では、レストランと同じです。ただ、レストランより値段も安いし、気軽に入れる敷居の低い場所。わいわい楽しく食べられる店です。この店も、表通りには面していませんが、近所の人たちから、評判を聞いて来てくれる外国人まで、にぎやかに楽しんでくれていますよ。 8月末まで1か月のバカンスに入る前日の多忙な中、取材に応じてくれたマチューさん。優しい眼差しと柔らかな物腰が、店の人気を体現しているようなシェフだった。バカンス後、9月にはそろそろシェフ得意のジビエのメニューが出る頃。パリ市が選んだ店で味わうなら、ル・コルニッションの場所は34 Rue Gassendi 75014 Paris 。営業日は月〜金、予約は01 43 20 40 19へ。
「インタビュー」
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