テーマ:お隣さん

ダンボールマン

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 どうも肩と首がこる。浩は拳で肩をトントンと叩き、首を捻ってコキッと鳴らした。と、顔のダンボール箱が少しずれた。えっ!と思い彼は両手で、ダンボールを上に抜こうとした。駄目だった。が、もとの位置に戻った。

 浩は303号室の山口さんと、マンションの通路で、近所のコンビニで、最寄りの駅で、時々ばったり顔を合わせた。言葉を交わす事はなく、お互い軽い会釈で済ませた。そのたび彼は胸をキュンとさせ、ダンボールに隠れた頬を赤らめた。
ある日、仕事の帰り浩が電車に揺られていると、途中停車した駅で山口さんが同じ車両に乗って来た。勇気を出して彼女に彼は声をかけた。
「こんばんは山口さん、今仕事の帰りですか?」
「こんばんは。はい、大体いつもこれぐらいの時間に」
「えっ、そうなんですか?僕も大抵こんな時間に電車で帰るんですけど。電車の中でお会いしたの初めてですね」
「いや私は、帰りの電車でちょくちょく佐藤さんのこと見かけますよ。あっ、佐藤さんいつも下向いてるから私に気づかなかったんだ」と山口さんは言って、クスッと笑った。そんな彼女を浩はとても可愛く思った。
 彼女に言われたとおり彼は電車に乗ると、大概足もとばかり見つめていた。近頃はそこまででもないが、電車に乗っている時に限らず、どんな時も彼は殆ど下を向いて生きてきた。自分を出さずに生きてきた彼は、他人を判然と理解しようともしなかった。自分を隠し他人を出来る限り目に映さず、浩はこれまで薄ぼんやりと生きてきた。そんな浩が今、お隣さんに恋をして、自分をアピールしようと頑張っている。
 浩はこれをチャンスに、何とかもっと山口さんに近づきたく思った。電車は彼らが降りる駅に止まった。二人は電車を出た。ホームから改札へと、少し距離を置いて二人は歩く。浩は自分なりにありったけの勇気を振絞って、振返り、自分の少し後ろを歩く山口さんに向かい言った。
「あ、あの、、えっと、よっ、よろしかったら、本当によろしかったらでよろしいんですが」と浩は、自分自身何を言ってるんだか、てんで分からない様な前置きをした。そんな浩に山口さんは優しい目を向け微笑む。そして浩は続けた。
「今から一緒にどこか夕飯でも食べに行きませんか?」変な前置きと違い、本人びっくりする程すらすら言葉が出た。
「ええ、いいですよ。ちょうど電車のなかで夕飯どうしようかなって考えてたの」と、あっさり彼女はOKした。
「えっ!本当にですか。わあっ、僕嬉しいです」と彼は素直に喜びを言葉にした。実際今まで、こんなに嬉しい思いをした覚えが、彼には全くない。勇気を出して彼女に声をかけて本当に良かった。と、浩はダンボール箱の中、満面の笑みを浮かべた。

ダンボールマン

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