テーマ:お隣さん

僕の隣りに座ったひと

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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なにか話をしなくては、と思い、咄嗟に口から出たのは自分の下宿先の隣人の話だった。
「…ぼ、ぼくのお隣さん、マンションの…は、…の人も、ブラウンの肌をしているんですよ。いつも会釈してくださるし、こう…はい。世間を…冷静に見ている…というか。騒音も立てたこと…立てられたこと…もないですし。」
おじさんは、ふっと僕のほうを向いてこういった。
「君だって、冷静じゃないか。君だって。」
僕は、おじさんの目を見た。人の目を直視するのはいつぶりだろう、と思った。
「え?」
再び、おじさんは空を見上げて、話し始めた。
「さっき話、おらぁの倅にもよくしててさ。倅にも。結局はさ、自分のことを気にしててもさ。しょーがねぇってことなんだよ。結局は。音痴だろうが、歌いてぇ時は歌う。君だって、人を気にせずに、喋りてぇ時は喋る。いいか。人は、何もしてくれねぇけど、何かすれば、きっと、応えてくれる。きっとな。だからさ、気にせずに喋ってみろぁ。な。だから、おじさん嬉しかったなぁ。君が、本気でどこがいいか考えてくれて。あっ、寺の話しな。寺の。」
僕は唇を噛んで、涙を堪えた。しかしどうやら、おじさんには自分が泣きそうなこと。自分がそれを他人には見せたくないことを見透かされていたようだ。
おじさんのあの温かい笑顔でニコっと笑って、こう言った。
「すこしの間だけどさ。君のお隣りさんになれてよかった。おとなりさんに。へっへっへ。楽しかったぁ。本当に。もう会うこたぁできないだろうけどさ」
僕は笑った。おじいさんの笑顔に連られて。
「なんか、あ、ありがとうございました!」
口から自然と溢れた言葉だった。
おじさんは嬉しそうに頷きながら、
「おうよぅ」と言った。
そして、僕は、おじさんと別れ、5:30の始発に乗って、実家へと向った。電車のなかで、やっとのことで堰き止めていた涙が自然と染みだしていた。それに気付いたのは、涙が首をつたいはじめたころだった。

僕は、あれから沢山の人と喋るようになった。
どれだけ、人に口調のことで言われようとも、馬鹿にされようとも、あるいは、ネタにされようとも。いつか、話し相手になってくれた内の誰かが、また、僕のことを認めてくれるかもしれない、そう信じて。
結果はどうであれ、友達もできた。会話もなんだか、幾分かではあるが楽しくなってきた気がする。いや、気がするだけでよいのだ。みるみるうちに、視界に入ってくるものの全てが、愛おしく… いや、それは言いすぎか。でも、視界が広けたような気がする。僕自身が、目を伏せることをやめたからかもしれない。

僕の隣りに座ったひと

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