小さい隣人
「お、どうですか?今日は人参が安いよ?」
顔なじみの店主が話しかけてくる。
「すいません。今日はちょっと外に。」
私は小さく会釈して答える。
「そうですか!まぁ、気をつけて行ってくださいね。」
店主は愛想よくそういった。
「ええ。ありがとうございます。」
「といっても最近はまぁ、安全なもんですけどね。」
ガハハハと豪快に笑う。その声はこの街全体を覆っているドーム状の天井に反射して、私たちの頭上から響き渡るようであった。
一本道を30分程度歩くと、ドームの壁に突き当たる。端から端までは直径距離で歩いても1時間程度。小さな街であった。そうはいっても先人たちが命懸けで作ってくれた立派な私たちの居場所である。
私はドームの壁に取り付けられている大きな鉄製の扉を見た。
鍵を外し、力を入れて引くと、だいぶ古くなっているためかギギギと何かに引っかかるような音が聞こえる。その扉の向こうには、真っ黒な道が続いていた。
目を慣らしながら私はその中に入ってく。
道の両側には、私の身長の何十倍もある壁が立ちはだかり、辺りは埃っぽい空気が立ち込めていた。コツコツと私の靴の音だけが響く。
光の届かない道を歩きながら、昨日のエリとのやり取りが不意に思い出された。
「ママのことは、誰がお世話してくれるの?」
「ママは大人だからそんなの必要ないのよ。」
娘に言ったことは正確ではない。いつの日にかその真実を知らせる時が来るだろうが、少なくとも今ではないはずだ。
人は誰かを助けると同時に、誰かに助けられている。真の意味で「ひとりで生きている人間」なんていない。当たり前だ。
私たち大人だって、他の人々に助けられてこの生活が成り立っているのである。それはなにも私だけの特別な考えではない。
「小人さんには優しくしなきゃダメ。」
エリに伝えた時には分かりやすい表現にしたが、この言葉も元々は「小人たちには慈愛を持って接すべし。なぜなら我々もまた生かされているのだ。」という小難しいものであった。
「我々もまた生かされていること」をこの街の住人は知っている。だからこそ私たちはお互いを思いやり、自分たちより弱いものを慈しみ、平和な生活を営んでいる。
やがて、暗い道は右へと直角に折れ曲がった。眩しい光がすぐ先から漏れ、ぼんやりと私の辺りにも光が届き始める。まもなく外の世界だ。
私は左右を見合わし、その光の中へとゆっくり入っていく。そこは一般的家庭のとある一室であった。
しかしサイズは私の何十倍もある。視界の端に映っている子供用の椅子ですら、思いっきりジャンプしてもとうてい座面に届くことはないだろう。
小さい隣人