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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 昼間の彼とは違い、声音にが混ざっている。念のため覗き窓を見てみると、彼の後ろにもう一人誰かがいることがわかった。好奇心に負けドアを開けると、酒と汗の匂いが勢い良く顔中を覆った。明かりが高橋くんともう一人を照らし出し、スーツを着た、まだ毛が十分に残っている男性だとわかった。前髪の隙間から見える額に汗を浮かべ、光がその上をなぞっている。臭さの原因はその男性のシャツに染み付いた居酒屋の臭いと……男性に背負われている清子さんだ。
「すいません夜中に。会社の飲み会で彼女凄い酔っ払って。部屋まで送ろうと思ったんですが、一応女性の方に同伴して貰おうと思いまして……」
 酔いはもう冷めているのかしっかりとした口調でそう話す。
「わざわざすいません。彼女がご迷惑お掛けして。えっと、じゃあ清子さん部屋に入れましょうか……」
「はい」
 サンダルを履いて外に出ようとしたが、一応鍵をかけとこうと思い直し、
「あ、すいません鍵取ってきます、先に行ってて下さい」
 と言ってから駆け足で家の中に戻る。やりかけのレポートが映ったパソコン画面を横目に、テーブルの上に置いてあった鍵を取り、気づいた。あ。今めっちゃスッピンだ。はたと動きが止まり、中腰のままマスクでもしていこうか、それともファンデーションくらい……。いや、そんなことしている暇ない。一階の清子さんの部屋まで駆け足で行った。
 その男性は女性の鞄の中を探るのも気にする質らしく、私は清子さんの鞄の中から紐付きの鍵を探し当てると、鍵穴に差し込む確かな感触を感じた後、ぐるりと回す。ドアを開けようとした時。
「あの、できれば女性の方が宮川さんを中まで運んでもらえると……」
 暗闇の中で空気が動いた。きっと高橋くんが動揺したのだ。私も戸惑うくらいだから。ここまで連れきといて……。
「わかりました」
 仕方なくそう返事をして、ドアを開け電気を点ける。
「あっとじゃあ」
 男性に背を向け、私の肩に清子さんの両手を回し、背中に清子さんの腹部が乗っかるようにして貰った。
 無事に清子さんをベッドに寝かせ、男性はアパート前で待機していたタクシーで帰っていった。
「宮川さんもあんなふうになっちゃうんですね」
 開口一番、高橋くんが呟いた。宮川さんという言い方が耳に残った。
「たまに清子さんと飲みに行くんだけど、会社の人間関係とか仕事とか大変なんだって」
 「そうなんですね」と彼が発した瞬間、すぐに言葉は空気に吸い込まれた。なるべく高橋くんに顔を合わせないようにしていたけれど、それが逆にすぐ近くにいる人間の存在を感じさせた。

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