テーマ:一人暮らし

シャワーカーテン

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後輩は順調に仕事を覚えていった。だれでもできる仕事だった。会社で、少し距離を置いた。
父親はたくさんシャワーカーテンを残していった。どうせなくしてしまうと思って一日置きにシャワーカーテンをかえた。ベランダに干すとなにかの皮膚のようだった。シャワーカーテンのクリーム色は日光や月明かりを濾さなかった。けれど部屋の光が弱くはね返って明るい部屋になった。シャワーカーテンを畳んでも、開封する前のようにはしまえなかった。クローゼットにシャワーカーテンたちを入れてみると、積んでいたいらないものといっしょに崩れてきた。そのとき私が驚いたから、笑われた。雑多な斜面のなかに、未開封のシャワーカーテンがあった。いつだったか、もうずっと前にも思える、そこまで過去ではない昔に買ったものだった。父が買ってきたものとは微妙に種類がちがった。なくさないようにしようと思った。壁に貼ればいいといわれた。冗談だっただろうが、そうした。シャワーカーテンは重たくて画びょうをいくつも使った。それから、崩れ落ちてきたものたちを貼っていった。使わなくなったマフラー、見ないようにしまいこんだ書類、雑誌の切り抜き、飴の空き袋、ここにくるときに持ってきた小さい頃のおもちゃ、その他あれこれ。両面テープではひっつかないものはすぐに落ちてきた。壁際に並べた。朝になった。ドアが開かれて閉じられた。いつもこの部屋だった。けれど、おおむね、かわりのない生活がつづいていると思っていた。
夜がきて朝になって、玄関で見送っていると隣の部屋のドアが開いて父の顔が出てきた。父の顔はこちらを見て、同じ階の端に向かって歩いていく背中を見て、こちらを見た。まともに目があった。扉を閉めて鍵をかけた。それから、父が廊下を鳴らす音がした。鍵をかけなければよかった。気まずいような気がした。気まずかった。父に気づかれないように、ゆっくり鍵を開けた。鍵が開くのを見計らっていたように、父がドアを開けた。引っ越してきた、と父がいった。絞り出すような声だった。知らせといてよ、といった。驚かせようと思って、と父、それから――いまの人は? 会社の後輩だといった。コンタクトの洗浄液を借りにきたのだとうそをついた。父はほっとしたような顔をした。それから、ほっとしたような顔をしたことが悪いことかのように表情を元にもどした。それから、お互いなにもいわなかった。
父が隣に越してきたことを後輩にいった。もう部屋では会わない方がいいとも。そういう人なの? と後輩に聞かれた。どうなんだろうか、いった方がいいのかな。さあ?

シャワーカーテン

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