テーマ:一人暮らし

自意識チョココロネ

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読者賞について

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読者賞はノミネート掲載された優秀作品のなかから、もっとも読者から支持された作品に贈られます。

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 人に積極的に話したい話というのは、その人のためになると思った話か、ただ単に自分にとって重要だから黙っていられない話かのどちらかだろう。これから自分の語る話は申し訳ないが後者である。そして重ねて恐縮だがこの話は多分世間の人にとっては、特に自意識というものにチョココロネのようにグルグル巻きにされて息もできない状態というのがどういうものかを忘れてしまった人(もしくはそんな時代は存在しなかったという羨ましい人)にとっては取るに足らない話だと思う。ただ取るに足らないきっかけで人生が変わることもあるということがかつてのチョココロネの主張である。

 まず話の主役は大学一年生の時の自分、舞台はその一人暮らしの部屋。母親が買ってきたような謎の柄のカーテン、情緒なく真っ白な光を放つ味気ない蛍光灯の照明、冬にはこたつ布団が付いていたことがひと目で分かるテーブル、実家から持ってきた漫画が並ぶアルミ製の組立棚、機能以外の点は考慮されていない白物家電、その他テレビ、テレビ台、ベッド、それら全てでもってパッとしなさを全面に押し出している部屋だ。5文字で簡潔にいうと「ダサい部屋」と表現できる。
 こんなはずではなかったのだ。自分も人並みに「初めての一人暮らし」というものに憧れをもっていた。高校時代からお気に入りのインテリアショップに行っては、一人暮らしを始めたらこの家具を置いてこっちと合わせて、などといろいろ想像して楽しんでいて、ささやかに貯金もしていた。だが実際、それが実現する時になると――「うわぁ、いるいる。彼女もいないのに部屋に間接照明置いてる男。何のためのムーディ?」やら「なるほど、ガラス天板のテーブルに革のソファ。いかにもオシャレ大学生風って感じでいいね!」などという声が頭に浮かぶのだ。別に特定の誰かの声ではなく、いうなら自分で勝手に想像する同年代の世間様の声である。そんなあやふやなものに追い立てられるようにその店を出て、気づけばCMでよく見る全国チェーンの家具店で誰にも馬鹿にされようがない(とこれまた勝手に自分で思っている)無難なインテリアを揃えてしまったのだ。

 ある時、趣味でインチキ占い師なんかをやっている変わり者の隣人が言っていた。「本棚は持ち主の頭の中を映す鏡だというけれど、部屋もそうだと思うな。だから逆説的に『自分はこうありたい』という理想を常に部屋に反映させておこうと思っているんだ」。照れながら言う彼の部屋は勿論格好良い部屋である。その理論を自分の冴えない部屋にいる時に度々思い出して陰鬱とした気分になった。確かに部屋だけの話ではなく、自分はこれまで少しでも馬鹿にされないように注意を払って生きてきた。例え好きなものでも誰かに一度批判されようものならいつでも手のひらを返して一緒に批判する準備をしているような男であった。自分でも時々何故そこまでと不思議に思うが、自意識で息もできない状態というのはそんなものだったのである。

自意識チョココロネ

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