テーマ:二次創作 / 鶴の恩返し

真夏の幻想

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どのくらいそうしていただろうか。女のため息で俺はハッと目を覚ました。どうやら眠っていたらしい。と、突然左の肩が軽くなった。
「すみません。」
左を見ると、先ほどの女が申し訳なさそうにこちらを向いていた。幾分楽になったようで、頬には少し赤みが差し、顔には精気が戻ってきていた。それとともに切れ長の大きな瞳はキラキラ輝き、この世のものとは思えないほどの美しさを放っていた。
俺は心の動揺を隠すように、公園の時計に目をやると、「3時だ。」意味もなく呟いた。
「3時ですね。」女も澄んだ声でそう呟いた。
「本当にありがとうございました。なんとお礼を申し上げたら良いのやら。」
女は実に申し訳なさそうに言うと、
「私、北原紡って言います。糸を紡ぐ、つむぎ。今はえっと〜…。フリーター…かな?」と続けた。
「あ、俺は慶太。桜井慶太。N高の2年です。」
俺たちは軽く自己紹介をした。

話によると、紡は22歳で、大学を卒業した後、近くの絵画教室でアシスタントのアルバイトをしているらしい。この公園にはよくスケッチに訪れているという。今日はアルバイトの帰りで、天気が良いのでベンチでひと休みしてから帰ろうと思ったのだが、あまりの暑さに気分が悪くなり、帰宅しようとして公園を出たところで目の前が真っ暗になり、気がついたら見知らぬ男…つまり慶太の腹の上にいた、ということだった。
「すみません。」紡は改めて謝罪した。
俺は紡に先ほどのスポーツ飲料を渡しながら、
「いや〜。今日は猛暑っすからねぇ〜。仕方ないです。全然大丈夫ですよ!ほら、俺かなり頑丈にできてますんで!」と努めて明るくそう言うと、ゲンコツで脇腹を軽く叩いて見せた。
紡が思わずクスッと吹き出すのを見てから、俺も簡単に自分のことを話すことにした。

俺の両親は幼い頃に離婚して、俺は父親に引き取られた。しばらくは父親と俺の二人暮らしだったが、昨年父親が再婚することになり、俺はなんだか家に居づらくなったため、親に頼み込んでなんとか近くのアパートで一人暮らしをさせてもらっていることを話した。
高校は進学校で、ついていくのがやっとなのだが、一人暮らしの条件として、成績を下げないことと、塾の夏期講習を受けることを約束させられた。今日は夏期講習の帰りだった。
俺の話をしばらく黙って聞いていると、紡が静かに口を開いた。
「そっかぁ。なんて言ったらいいのかわかんないけど…。でも、慶太くんが真面目ないい子だってことはよくわかった。」

真夏の幻想

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