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お隣さんは顔も知らない文通相手

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 こんな返事を書いて、どうしようというのか。

 急になんだか自分がしていることがとても無意味に思えた。
 何を期待しているのだろう。会ったことも無い相手との交流だなんて一歩間違えば恐ろしいことにも為りかねないのに。
 そう思ったのに、何故かメモは捨てることが出来ず、そのまま不貞腐れたようにベッドに横になった。

 翌朝目が覚めると、何だか昨日のモヤモヤとした言いようの無い気持ちも無くなっており、机の上のメモをみて、今度は不思議と投函したくなった。
 何度も読み返し、字は汚くないよね、文章も変じゃないよね、と自分に問いかける。

 そんなことをしたところで聞いているのが自分のため答えなんて出るわけがないのに、何度かそのやり取りを自分の中で繰り返してから、小さく息を吐き出して、登校する時に投函した。

 この日を境に、彼との手紙のやり取りが続くこととなった。
 頻度は週に一往復するかしないか。互いに書くことはメモに2行から3行。

『上の階の人が大喧嘩をしているようで物音が凄かったけど、内容こそあまり聞こえなかったことを考えると壁は厚いみたいだね』
『反対隣の部屋の人がアニソンを熱唱してました。何のアニメか分からないけど曲は覚えちゃいました』
『どんな曲だったんですか?』
『メロディーは出るけど文字に出来ませんでした』
『上の階だと思うんだけど赤ちゃんが生まれたみたい。夜中に泣いてた』
『え、どうしよう全然気付かなかったです』
『今日スタバの新商品を飲んだんですけど、アタリでした』
『分かります、私もあれアタリだと思いました。』

 こんなやり取りを続けていく内に、気付けば冬も終わりへと近づいていた。
 卒業式まであと一週間。卒業したら、就職のためにこのマンションを離れなければならない。
 まずは本社のある東京で半年間の研修をして、それから配属となるのだ。
一応実家はこっちだし、希望欄にはこっちに戻ってきたいという旨は書いたが、あくまで希望ですので反映するとは限りません、と最後に書いてあったので期待はしていない。

 この約半年間続いた手紙のやり取りはとても楽しかった。
 名前も顔も年齢も分からないままだったのだが、きっとそれが良かったんだと思う。
 相手に勝手に夢を見れたし、勝手にイケメンの年上男性とやり取りしていたんだと思い込んでいる。

「あと一往復出来るかな」

 そっと呟かれた声の情けなさに笑いしか起きない。
 4日前にメモを投函したから、遅くてもあと2~3日中に次のメモが入るはずだ。

お隣さんは顔も知らない文通相手

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