物件と王子様、どちらもお願いします
(皮下組織、肉眼で見えないですけどね)
「では、おうちゃん」
「いきなりフレンドリーですね」
プッと吹き出す彼をみて多少ホッとする。
(これは、いけるかも)
「おうちゃんとの今後について話したいのですが」
「今後というか、まずは縁側がある戸建てからご紹介させて頂いても良いですか?」
先程から、見事なノーキャッチからの変化球。もし彼が武士なら「敵ながらあっぱれなりー」と叫びながら、まさかの辻斬りをやらかしてくるタイプだろう。
(新婚初夜、寝首を掻かれない様に気をつけねば)
「まずこちらなのですが、築年数はかなり経っていますが駅から徒歩8分で近くにコンビニとスーパーもあるんですよ。内装は自由にリノベーションして頂いて良いですし、ある程度の道具なら大家さんが貸して下さるそうですよ」
ペラリと彼は建物の写真と間取りが印刷されたA4用紙を差し出してきた。
「はぁ」
「しかもこの間取りでこの家賃はなかなか無い好物件だと思います。敷金は2ヶ月分ですが礼金が無いのも良心的ですし」
「しき・・・きん」
全く聞き慣れない言葉に私は動揺を隠せなかった。だが、紙には敷金と書かれた文字の横に数字と円があるという事は、間違いなく金銭を要求されているという事だろう。
(なにこれ!?こんな純朴可憐なる女子から多額の金銭を突然要求するなんて!これが世に言う結婚詐欺なの!?王子様と見せかけて、げに恐ろしや!!)
そんな易々と罠に引っ掛かってたまるか、と私は勢い良くその場に立ち上がる。
「ど、どうしました!?」
おうちゃんはさすがに驚きが隠せず目を丸くする。隣で接客を受けていた20代くらいの夫婦も強張った表情で私を見た。
「詐欺!!撲滅!!」
私の声に、ビクっと夫婦の体が揺れる。
「ここは既に鬼我島!そう、鬼我島バトルフィールドよ!!」
奥に居たスタッフ達も何事かとこちらを見ていた。しかしそんな事に臆する私ではない。
「敵地に殴り込みに来たものの、私にはまだお供の桃太郎ときびだんごが居ない!出直さなければ!」
キェーと雉のポーズをとり、両翼の代わりに左右の腕を上下させながらそのまま店を後にした。
(うまい事逃げられたな、さすが私)
「ただいまぁ・・・って!」
玄関扉を開けるなり視界に飛び込んできたのは、狭い廊下に父と鶴子さん、その後方に姉二人が並んで正座している姿だった。
「お帰りなさいませ、姉御」
「ちょ、ちょっと、これどういう事!?ってか、あんたら全員、私に対して姉という言葉が当てはまらないじゃない!」
物件と王子様、どちらもお願いします