
筆師とは、書に使われる毛筆製作を専門とする職人を指す。
日本で筆作りが始まったのは、今から約1200年前の平安時代。遣唐使として中国に渡った日本真言宗の開祖・空海が、帰国した後に中国で学んだ筆の製法を伝えたことが始まりとされている。
筆は、大別すると「水筆(すいひつ)」と「巻筆(まきふで)」に分けられる。
「水筆」は、束ねた毛を持ち手となる軸に付けるもので、現在流通している筆の多くがこの製法で作られている。
一方「巻筆」は、束ねた毛の穂の部分を手漉きの和紙で巻いた後に軸に取り付けるもので、筆先の弾力が強いのが特徴。あたかも芯があるような書き心地から「有芯筆」とも呼ばれ、多くの書道家に愛用されている。空海が1200年前に日本に伝えたとされているのは、この「巻筆」の製法。現在、この製法を採用している筆は、日本で唯一『雲平筆(うんぺいふで)』だけである。
『雲平筆』の製作は「選毛(せんもう)」という工程から始まる。
細筆から太筆まで24種ある『雲平筆』は、数種類の動物の毛の中から、筆の用途に合わせて毛を選別し、混ぜ合わせることで作られる。動物によって毛の特徴が異なり、個体によっても質が異なる。どの毛をどれくらい混ぜるのか、その見極めは熟練した筆師にとっても難しく、筆の出来を左右する重要な工程である。
選ばれた毛には、灰で毛の油分を落とし、墨含みを良くするための「毛もみ」が施される。
「毛もみ」が終わると、くしを使って灰を落としながら、枝毛や切れ毛、クセのある毛を取り除いていく。まず毛が乾いている状態で取り除き、次に毛を水に浸し固めた上で枝毛、切れ毛、クセ毛を探す。神経を集中させて、問題のある毛を1本も残すことなく取り除いていく。
この地道な作業を丁寧に、完璧に行うからこそ『雲平筆』特有の筆先の繊細さが生まれるという。そして、毛を円錐形に整え、麻糸でしっかり縛り固定する「尾締め」を行う。
次に施されるのが「紙巻(かみまき)」。『雲平筆』特有の弾力を生み出す工程で、「尾締め」により麻糸で縛った穂の部分に、手でしっかりと和紙を巻いていく作業。
この作業の出来が筆の出来を決める、と言われるほどの極めて重要な工程である。
闇雲に力を加えれば、和紙は簡単にちぎれてしまう。しかし、少しでも巻く力が緩ければ、『雲平筆』特有の弾力を生み出すことは出来ない。
ゆえに、筆師は指先に全神経を集中させ、絶妙な力加減で慎重に、かつ、しっかりと和紙を巻かなくてはならず、鍛錬された技術が求められる。
『細筆』の場合、「紙巻」を施した後、穂に化粧毛を着せ軸に取り付け、さらに海草を溶かして作った“のりふ”を付ける。そして、毛を整えることで完成となる。
一方、『太筆』は「紙巻」した毛を軸に入れた後、再び毛を付け、さらに「紙巻」を施す工程が加わり完成となる。
『太筆』は細筆に比べ、使用する毛の量が多く、特有の弾力を生み出すことが難しいため、筆師としての経験と、より確かな技がなければ作り上げることができない。
力強さと繊細さを兼ね備え、書き手の感情をも表現することができる筆。それを可能にするのが筆師の経験と技術なのである。
先人たちの手によって、400年間絶やすことなく守り続けられてきた『雲平筆』の伝統と技は、今も、父から子へと受け継がれ、そして次の世代へと伝えられている。

今から1200年前、中国から伝わった「巻筆」の製法を日本で唯一継承する由緒ある筆。弾力が強く、まるで芯があるような書き心地が特徴。
歴史と伝統を誇る『雲平筆』の製法は“一子相伝”で受け継がれ、伝承者は代々“藤野雲平”を襲名する。約400年前の1615年、初代・藤野雲平が京都において筆工を開き、5代目の時に「攀桂堂(はんけいどう)」の屋号が付けられた。
第14代・藤野雲平は、1966年に滋賀県の無形文化財に認定され、1979年には国宝・正倉院からの依頼を受け、腐食が進んでいた日本最古の筆「天平(てんぴょう)筆」の複製にあたった。高い評価を得た複製の筆は、現在も正倉院に納められている。
筆の原料となる動物の毛を選別する作業。
細筆から太筆まで24種にも及ぶ「雲平筆」は、用途に合わせてヤギ、イタチ、シカなど6種類の動物の毛を使う。ヤギの毛は柔らかく、イタチは毛全体が弾力性に富み、タヌキとウサギは毛先に弾力があり、シカの毛は墨をよく含むなど、動物ごとに毛の特徴が異なり、どの毛をどれだけ混ぜるかは、筆師が判断する。
この「選毛」の出来が筆の良し悪しを決めると言っても過言ではない。
筆の毛先を残し、麻糸で縛った部分に和紙を巻いていく作業。
1200年前、日本に初めて伝わった製法で、紙を巻くことで毛の弾力をより強いものにする。和紙は力を入れすぎると切れ、力が足りなければ“よれ”が生じ、毛の支えにならない。「紙巻」は『雲平筆』特有の筆先の強い弾力を生み出す、極めて重要な作業なのである。
そのため、神経を集中させ、慎重に、かつしっかりと和紙を巻いていく熟練した技術が必要となる。