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#078 浄法寺塗 塗師 岩舘 巧

浄法寺塗 塗師

Jyouboujinuri-nushi

岩舘 巧

Iwadate Takumi

プロフィール

1982年 岩手県生まれ

日本一の漆の産地、岩手県二戸市浄法寺町(じょうぼうじまち)。
この地で奈良時代から作られていたと伝わる浄法寺塗。
赤と黒を基調とした素朴で味わい深い漆器は、庶民の普段使いの器として受け継がれてきた。しかし、1960年代、プラスティック製品の普及により1,000年以上続いた文化が途絶える、という窮地が訪れた。その状況を救ったのが、岩舘巧さんの祖父、漆掻き職人の正二氏と、塗師(ぬし)である父の隆氏だった。2人は浄法寺漆の基盤を固め、浄法寺塗を現代の趣味・嗜好に合わせた新たな形に変化させることで、見事復活させた。その偉大な父のもとで12年、伝統を守り続けるための修業の日々を送っている。

塗師(ぬし)の道を選んだわけは?

幼い頃から祖父と父が働く姿を見て「いつか自分もやるんだ。」という気持ちでいましたので、高校卒業後はサラリーマンとなり地元を離れましたが、21歳の時、父から「帰ってくれば」と言われ、何の疑問も抱かずすんなり塗師の道へ入ることができました。
漆掻き職人だった祖父は、自分をその道の職人にしたかったようですが、父が漆を塗っている時の良い匂いが大好きだったこともあり、木地に漆を塗って仕上げる塗師になりました。塗師の仕事は漆器の表面をいかに美しく仕上げるかが勝負です。もともと片付けや、キレイにすることが大好きで、靴の裏の溝に溜まった砂利を楊枝で取るような子供でしたから、塗師に向いていたのかもしれませんね。一切妥協せず、とことん美しさを追求するこの仕事が大好きです。

将来の夢は?

具体的に「こうなりたい」というのはありませんね。とにかく今は、祖父と父が築いてくれた技術を習得し、この伝統を守っていきたいと思っているだけです。自分は本当に恵まれた環境で仕事をさせてもらっていると思います。「浄法寺塗をさらに発展させたい」という思いはありますが、まだまだ自分は父の足下にも及びません。もっともっと努力が必要です。
唯一、今の自分でも明確に言えるのは、浄法寺塗を全国の人に知ってもらい「漆器と言えば浄法寺塗」、と皆さんに認知してもらえるよう広めていきたいです。


師匠 岩舘 隆氏インタビュー

巧さんはどんな塗師になって欲しいですか?

巧は、自分より器用だと思います。素直で真面目だとも思います。
この道に入って12年。全ての工程を1人で行えるようになりました。
これから期待しているのは、浄法寺塗塗師のリーダーになって、若い塗師達を引っ張っていく人間になってもらいたいです。
浄法寺町では、漆掻き職人の技術伝承や塗師の育成する機関もあり、漆に関わる人材が育ちつつあります。そんな人達をまとめて、より浄法寺漆と浄法寺塗の発展に繋げて欲しいです。

取材を終えて・・・

取材の合間、巧さんは漆に関する様々な情報を教えてくれました。
浄法寺の街周辺には縄文時代から漆の木が自生し、江戸時代には漆が税金の一つだったこと。そして今は、1年で1本の木から漆を取り尽くしたうえで切り倒す「殺し掻き」という採取方法が主流だが、かつては採取量をおさえ、漆の実まで採取する「養生掻き」という方法で行っていたこと。この漆の実には、ロウの成分が含まれており、この実を原料にロウソクを生産していたそうです。さらに漆の木にはオス・メスがあること、などなど…。
「趣味とか全くない」と話す巧さんですが、こうした漆の話をするその姿は本当に楽しそうで、“漆こそ趣味であり、仕事であり、目標なのだ”と感じました。
また、我々撮影スタッフは、巧さんに勧められた現地の宿泊施設を利用したのですが、その一室には、壁や天井に浄法寺漆をふんだんに塗り込んだ漆部屋があり、言葉で表現しがたい「心に染み入るような落ち着き」を味わうことができました。
「浄法寺漆の魅力を日本全国の人に知ってもらいたい」そう語った巧さんの気持ちに、大いに賛同したひと時でした。