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#057 東京手描友禅職人 五月女 綾

東京手描友禅職人

Tokyotegaki Yuzen-Shokunin

五月女 綾

Saotome Aya

プロフィール

1981年東京都生まれ

幼い頃から絵を描いたり、物を作ったりすることが大好きで、大学は美大へ進学し日本画を専攻。その後、東京手描友禅作家の生駒暉夫(いこま てるお)氏に弟子入りし、9年間の修行を経て、2013年4月に独立を果たす。
独立後、江戸小紋職人の五月女淳一さんと結婚し、長男が誕生。母として、友禅職人として多忙な日々を送っている。

「東京手描友禅職人」になろうとした、きっかけは?

「大学卒業後は、どうしても絵の仕事に就きたい」、そう思っていた頃、たまたま就職課の掲示板で「東京手描友禅」という文字を目にしたんです。
「京友禅」や、「加賀友禅」は知っていましたが、東京にも友禅があることを、この時初めて知り、すぐに見学を申し込みました。その訪問した先が、今の私の師匠 生駒暉夫さんの工房だったんです。
工房で「東京手描友禅」を初めて目の当たりにし、すぐに弟子入りを願い出ました。
「東京手描友禅」は、「京友禅」や「加賀友禅」に比べて派手さはありません。でも渋くて、粋で、デザインがおしゃれで、一目で魅了されてしまいました。特に師匠の作品は、使っている色自体は少ないのですが、構図が大胆で、まるで動いているかのようで、「私も何としてもこのような作品を作りたい」と強く感じたんです。
また、日本の伝統・文化を受け継ぐ、ということも、私にはとても魅力的でした。

どんな「東京手描友禅職人」になりたいですか?

友禅は、一度濃い色を挿してしまうとやり直すことができないので、最初から全ての計画を練った上で作業していかなくてはなりません。そこが本当に難しいですね。独立はしましたが、まだまだ勉強の日々です。
師匠からは「本物は残る」ということを教えていただきました。「ちゃんとした仕事をしていれば、世の中がどんなに変わっていっても、人々から愛され続ける作品として残っていく」。9年間の修業時代で最も印象的だった言葉です。
この言葉を忘れることなく、またそうなるためにも、今はしっかりとした技術を身に付けなくてはならない、そう思っています。

師匠 生駒暉夫 さん インタビュー

五月女さんは、どんな職人ですか?

初めて私の工房に来た時、彼女は「友禅を一生の仕事したい」そう言い、その言葉は本物でした。
修行時代の9年間は、全く休むことなく、いつでも私の教えを真っすぐ受け止め、日々技術を向上させていきました。彼女の素直で真っすぐな性格は、職人として大切な要素です。「東京手描友禅職人」として独立した今、私にとって彼女は同志であり、そしてライバルでもある、そう思っています。
また彼女には、日本の伝統工芸を受け継ぐ覚悟も備わっていますので、これから良い作品を生み出していくことはもちろんですが、「今、自分がやめたらこの道は途絶えてしまうんだ」という危機感を常に持って、技術を次の世代に受け継いでいってほしいと思っています。

取材を終えて・・・

作業の合間、五月女さんは、今思い描いているちょっとした「夢」を話してくれた。
「息子はまだ1歳にもなっていませんが、七五三の時には、主人(江戸小紋職人)と一緒に作った着物を着せたいんです」と屈託のない笑顔で話す彼女。作業に戻った途端、息子さんの泣きじゃくる声。母の手で子供をあやし、すぐさま職人の手で「糊を置く」。
母として、職人として大忙しの毎日だが、決して彼女の顔から笑顔が消えることはなかった。
この明るく元気な職人は、いつの日か江戸小紋職人の夫と一緒に、これまでなかった「東京手描友禅」を生みだし、日本の伝統技術に新たな息吹をもたらすことだろう。