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#043 別府竹細工職人 清水 貴之

別府竹細工職人

Bepputakezaiku-shokunin

清水 貴之

Shimizu Takayuki

プロフィール

1979年大阪府生まれ

大阪で生まれ育った清水さんは、大学在学中に東南アジアやインドを訪問。そこで多様な竹製品と接したことをきっかけに、竹の魅力に引き込まれていく。帰国後、別府竹細工の存在を知り、卒業を機に別府竹細工の職人になることを決意。別府にある竹細工の訓練校に入学する。その研修において伝統工芸士の森上仁氏との出会いを果たし、弟子入り。以後、師のもとで技術を磨き、2007年に独立。今日もより高度な技術を習得するための日々を送っている。

「別府竹細工職人」になろうとした、きっかけは?

子供の頃は工作や絵を描くことが好きで、自分の頭の中にあるイメージを形に仕上げていくのが楽しかったことを覚えています。
大学生になると将来のことを考えるようになりましたが、自分が会社勤めする姿は想像出来ませんでした。とはいえ、職人になりたいといった考えもなく、時間が過ぎていきました。
そして、大学在学中に東南アジアや、インド、ネパールなど訪れた際、思いもよらぬ出会いがあったんです。ちょっとした発見なんですけどね。
訪れた国々では街の情景や人々の姿をスケッチブックに描いたんですが、どの国でも必ずといってもいいほど竹製品があったんです。そして、どの竹製品も、その国の人々の生活に密着する品であるとともに、とても魅力的に映ったんです。
それをきっかけに竹製品、竹細工に興味を持つようになり、日本に戻り竹製品や竹細工について調べてみると、最初に目に飛び込んできたのが「別府竹細工」でした。
それは、とても細やかで美しいものでした。やがて自分でも作ってみたいと思うようになり、卒業を機に大阪を離れ、別府に向かうことを決意しました。

どんな「別府竹細工職人」になりたいですか?

今でも竹に触れている時がとにかく楽しいんです。この感覚は大事にしていきたいと思っていますが、お客さんが望んだ製品を作る以上、決して独りよがりにならないよう心がけています。
師匠の作る製品はとても繊細で見る者の心を打つ竹細工です。そんな偉大な師匠から教えられたことで今でも強く心に残っているのは、「同じ型の製品を10個作ると、どうしてもばらつきができてしまうが、人はその中の一番できの悪い物で10個全部を評価してしまう。だから一つ一つを丁寧に仕上げなければならない」。この言葉を常に肝に銘じています。
師匠の作品は年々繊細さが増し本当に驚かされます。また、どうやって作られているのかとっても不思議です。少しでも師匠の技術に近づき、そして自分なりの表現ができて、「清水貴之の製品が欲しい」と言われるような職人になりたいです。

師匠 森上 仁 さん インタビュー

清水さんは、どんな職人ですか?

訓練校の研修で私のところに来たのが初めての出会いですね。人懐っこくて素直な性格、そして人とのコミュニケーションの取り方が上手い子だな、という印象が残っています。そんな彼の性格、人柄が今、お客さんやお店の方とのやり取りに上手く生かされていると思います。
いい物を作るには、技術だけでなく、お客さんの頭の中にあるイメージをいかに読み取るかが重要になります。彼にはその能力があると思います。
弟子入り当初、彼の技術は決して高くありませんでしたが、教えたことを吸収するのが早く、常に積極的にどん欲に取り組んでいました。これからも、より難しい注文にどんどん応え、新しい自分なりの技術と感性を身につけていってもらいたいです。

取材を終えて・・・

故郷を離れ、別府で10年。
清水さんは、どうにか別府竹細工で生計を立てられるようになったという。しかし、ここまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。「生活するためにアルバイトをしていたんですが、そうしたら竹に触る時間が減って師匠との差がますます開いてしまうから、やめることにしたんです。その後はもう大変でした」、と笑って話すが、なんと栄養失調で倒れたそうだ。
それでも竹細工をやめたいと思ったことは一度もないという。さらに清水さんは、「食べていけないから夢をあきらめるっていうのは、僕にとってはただの言い訳なんですよ。先輩の職人さんはみんな同じような苦労をしながらも立派にやってらっしゃるので」と続けた。
どんな苦労も明るく話す清水さんの目から、竹細工への真摯な思いが十二分に伝わってきた。