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#042 組子細工職人 松林 啓介

組子細工職人

Kumikozaiku-shokunin

松林 啓介

Matsubayashi Keisuke

プロフィール

1980年長野県生まれ

組子細工職人である松林節男さんの長男として生まれる。スポーツが大好きで活発な少年であったが、16歳の時に体調を崩し高校を中退。その後はアルバイトの生活が長く続き、自らの将来に不安を抱くことも少なくなかった。そんな中、二十歳の時に一大決心をし、父の師匠で組子細工の第一人者である横田栄一氏に入門。以来12年、偉大な師匠の背中を追いかけ、研鑽の日々を送っている。

「組子細工職人」になろうとした、きっかけは?

子供の頃、よく父の仕事場で遊んでいました。今でも木の匂いを嗅ぐと、その頃のことを思い出します。
仕事場の木材の隙間から見えた黙々と仕事に取り組む父の姿は、目に焼き付いています。でも、父と同じ仕事に就こうとは考えていませんでした。「組子細工」はあくまでも「父の仕事」と思っていましたし、父から勧められることもなかったんです。そのため、とても身近なところに組子細工があったものの、真剣にその作品を見たことはなかったと思います。
そして高校の時、体調を崩してしまい、それを境に生活が一変しました。自分の将来が見えず、精神的にも塞ぎがちでした。しかし、20歳になり、「このままではいけない」と、今の自分に何が出来るのか、自問自答を繰り返したんです。
その時、ふと子供の頃に見ていた仕事に取り組む父の姿が思い浮かんだのです。そして、あらためて父の作品を手に取りじっくり見てみると、その見事な作りに本当に驚き、感動しました。それと同時に父の組子細工職人としての偉大さも思い知らされました。
やがて、「自分にも出来るだろうか?こんな物を作ってみたい」と思うようになっていき、意を決して父に思いを告げ、師匠に弟子入りを願い出たんです。

どんな「組子細工職人」になりたいですか?

入門当初は自分にこんなことができるのだろうか、という不安な気持ちでいっぱいでした。しかし、師匠は自分がどんなに失敗しても、次々と作業の機会を与えてくれるんです。そうすると、良くも悪くも今の自分の力が形になって現れるので、分かりやすいし納得もできます。
自分では上手くいったと思っても、師匠や父の作品と見比べてみると、全てにおいて足元にもおよびません。作業のスピード、正確性、美しい仕上がり。まだまだ吸収すべきことが山のようにあり、とてもやりがいがあります。
師匠も父もとても大きな存在です。職人として、人として。先は長いですが、入門した時の初心を忘れず、少しでも早く憧れの2人に近づくために頑張っていきます。

師匠 横田 栄一 さん インタビュー

啓介さんは、どんな職人ですか?

彼のことは生まれた時から知っていますし、幼い頃よく仕事場に遊びに来ていましたから、性格も十分に分かっているつもりです。
私は彼が小さい頃から「いずれ父の後を継ぐ優秀な職人になってくれれば」と、内心思っていました。しかし、病気のこともあり、それは叶わぬことかと諦めていたんです。
ですから、啓介から弟子入りしたいと申し出があった時は、本当に嬉しかったですね。彼はこの仕事の面白ささえ分かってくれれば、地道だけれども、一つひとつの作業を続けていくことができる子だと思っていました。ですから、少し早い段階である程度の仕事を任せることにしたんです。厳しいことばかり言ってもダメなんです。本人が、「面白い」と感じれば必ず上達しますから。
啓介も日に日に「目つき」が変わっていくのが分かります。これから、まだまだ伸びるでしょう。
でも、先輩たちを真似しているだけではダメなんです。私も立ち止まってはいません。日々、先へ行きますから、真似しているうちは追い着くことはできない。早く自分の型、自分なりの技術を身に付けることです。啓介ならそれができると信じています。

取材を終えて・・・

作業をしている合間、啓介さんが後輩のところに歩み寄り、何かを伝えている光景をよく見かけました。啓介さんに、そのことを尋ねると、「この仕事が気に入った理由の一つは、作業中に自分の世界に入れて、没頭できることだったんです。それは今でも変わらないんですが、後輩ができると自分だけが良ければいいという訳にはいきません。入門当時の自分と重ね合わせ、今彼らはこんな感じだろうな‥と僕なりのアドバイスをすることが増えました。」とのこと。
かつては自分が歩む道が見えずに悩んでいた啓介さん。覚悟を決めて職人になった今、後輩を見るその目には、これまでの挫折や喜びなどのさまざまな経験が宿っているように感じました。
やがて啓介さんも、父のように伝統を次の世代へ繋いでいくことでしょう。