『明日への扉〜あすとび〜』アットホームオリジナル動画コンテンツ

#035 芦屋鋳物師 樋口 陽介

芦屋鋳物師

Ashiyaimoji

樋口 陽介

Higuchi Yosuke

プロフィール

1980年福岡県生まれ

サッカーと土いじりが好きだった少年時代。将来は、美術教師でサッカー部の顧問になることが夢だった。
福岡教育大学で、土で鋳型を作る鋳金(ちゅうきん)を専攻したことがきっかけで、芦屋釜の復元に取り組む工房を訪れる。その時から、芦屋釜の復元、芦屋鋳物師(あしやいもじ)の復興に自分も挑みたいとの思いを抱くようになる。そして、卒業と同時に芦屋釜の里にある復興工房の職人となり、8年目を迎える。

芦屋釜復元に携わることになったきっかけは?

小さい頃から土で遊ぶのが好きで、田んぼに入ったり家の庭をいじったり…いつも泥んこになっていたので、親にはいっぱい迷惑をかけました(笑)。
大学に入って、そこで鋳金を学びたいと思ったのも、やはり土が好きだったからです。鋳金は“ただの土”から金属を好きな形に作れるというのがとてもおもしろく、魅力的なんです。
芦屋釜復元の取り組みに強く惹かれていったのは、大学で講師をされていた遠藤喜代志先生から「芦屋釜の里」の見学に来ることを勧められたのがきっかけです。
大学では鉄を扱うことはありませんでしたし、茶の湯釜も見たことがなかったので、初めて実物を見たときは鉄の迫力、芦屋釜の持つ存在感と力強さに“びびっと”くるものを感じました。
その頃、自分の将来については、できれば鋳金の仕事につきたいと考えていましたが、限られた人しかできない仕事ですから、自分には縁がないだろうと半分諦めていたんです。
でもこの芦屋釜復元などの取り組みを知って、難しいのは重々理解できましたが、それ以上にとても魅力を感じ、「自分にも何かできないか」と気持ちが奮い立ちました。そして卒業後、無事試験に合格して芦屋釜の復元、芦屋鋳物師の復興を目指す職人の一員になれた時は喜びいっぱいで、毎日夢中で作業していましたね。もちろん仕事の厳しさ、鋳物づくりの難しさ、芦屋釜復元への高い壁を知り、くじけそうになることもたびたびありましたが、年月が経つに連れ自分に課せられた使命と責任を強く感じるようになりました。

芦屋釜復元に向けての思いは?

これまでの研究などによって判明している「芦屋釜の要素」を全て取り入れた釜をしっかり作れるようにならなきゃいけない。口で言うのは簡単ですが、本当に難しいことなんです。見た目だけなら形とか模様とか、いくらでも真似できると思うんです。でも「芦屋釜が芦屋釜たる所以」である原料に和銑(わずく)を使うことや、厚みが非常に薄かったり、特有の製法があったりという、見た目ではなく“真の復元”を目指さなければ、この取り組み自体全く意味がない。先人の芦屋鋳物師の方々に失礼ですよね。
学生の時に初めて芦屋釜の里で釜を見た時も力強さを感じたんですが、職人になってから見ると、またがらっと印象が変わりました。先人たちの作品には、模様を出す“へら押し”に息遣いを感じることができます。和銑というのは何百年経った今でも、釜ができた当時の“へら押し”の鋭さを残しているので、技術的なヒントはそこから得ることができます。それにしても、当時の作品は本当に細部にわたりこだわって仕上げられているので、芦屋鋳物師という人たちは高い志を持っていたんだなとつくづく思います。そして、作品には作った人間が表れると思うんです。だから、人間としてどういう風にあるべきかを常に考えさせられます。
いつの日か胸を張って「皆さん、これが幻の芦屋釜です!」と言えるものを作ります。そしてそれがたくさんの人に愛されるようになることが芦屋鋳物師復興につながるので、今はひたすらその日のために、自分の腕を精いっぱい磨いていきます。

先輩職人 八木孝弘さん インタビュー

芦屋釜復元に向けての思いは?

僕の目から見て、芦屋釜というのはすごい力を持っているんです。本物を見ると、「これだけすごいものを自分も作りたい」っていう力をもらいます。それと同時に、先人たちの偉業を汚すわけにはいかないと思い、重みに潰されそうになり、逃げたくなることもあります。自分一代で復元・復興できるなんていう軽いものではありません。次の人、そのまた次の人に技術をつないでいくために、そしてほんの少しでも復興の役に立てれば、という思いでやっています。
普通の職人さんは、弟子には時間をかけて技を盗ませるのかもしれませんが、樋口くんには僕がやってきたことをきちんと教えて、僕の半分の時間で身につけてもらいたい。樋口くんにはそれができると思いますし、樋口くんが次の人にそのまた半分の時間でやれるように伝承していくことができれば、芦屋鋳物師復興はより早まると僕は思うんです。

取材を終えて・・・

芦屋釜復元にかける彼らと話をしていると、先人たちへの強い敬意が感じられる。国指定重要文化財である400年前の芦屋釜を前にしたとき、綿密な調査の合間に何度も感嘆の声を耳にした。芦屋釜の製法を記した文献はなく、現存する芦屋釜の価値は計り知れないものだろう。樋口さんはこうも言った。「400年以上も前の芦屋釜がこうしてきれいに残っているのには、和銑という原料や芦屋鋳物師の技術の素晴らしさにあります。しかし、それだけではありません。その価値を分かって、毎日大切に使ってくれた茶人たちがいたからこそ、今に繋がってるんです。本当にありがたいですね。」芦屋釜に関わる全ての者に敬意を表し、日々真摯に、ひた向きに取り組む姿が胸を打つ。
そう遠くない日、芦屋鋳物師たちが活躍する時代が来ることを願ってやまない。