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#032 江戸表具師 池田 優生

江戸表具師

Edo-hyogushi

池田 優生

Ikeda Yuki

プロフィール

1987年埼玉県生まれ

埼玉県飯能市で表具師(ひょうぐし)の家に生まれる。幼い頃は家業を意識することはなかったが、高校卒業を控え、父の仕事「表具」を意識するようになる。そして高校卒業後、訓練校で表具を学んだ後、著名な表具師 十五代目・石井三太夫に入門。以後4年間、偉大な師匠の下で伝統技術の習得に励んでいる。

表具師になろうと、決めたのは?

子どもの頃は「表具」という父の仕事を、特別意識したことはありませんでした。
学校から帰っても、すぐ遊びに行ってましたから、まともに父の仕事を見た覚えさえありません。また、友達に家の仕事を尋ねられても、うまく説明できないことを歯痒く思ったこともありました。この頃の私にとって「表具」はとても遠い存在でした。
特に高校進学まで、サッカー一筋で真剣にプロ選手を目指していましたから、家業に興味がなかったというよりも、サッカー以外には目がいかなかったのが実情です。
そんな私の姿を父も応援してくれていたのだと思います。父からは家業を継ぐように言われたことは一度もなかったので、今振り返ると、こんなに「表具」に打ち込むとは思いもよりませんでした。
でも、高校から帰ってきたある日、家の工房で「表具」に没頭する父の後ろ姿がふと目に留まりました。いつもの光景なのに、何故かその瞬間、“職人”の存在感を強く感じたんです。
紙を扱う手の動き、真剣な目つき、私はその場で釘付けになり、「何があれほど父を夢中にさせるのか?」、この疑問が「表具」そのものに興味を持つきっかけとなり、後日、父から「表具」という仕事の奥深さ、多様な技術、歴史・伝統等さまざまなことを教わって、さらに関心が高まりました。そして、表具師になることを決めたんです。

どんな表具師になりたい?

表具師になると決めたからには幅広い知識を習得し、数多くの経験を積みたいと強く思いました。そこで高校卒業後は、父から教わるのはもちろん訓練校にも通って学び、さらにそこで知り合いになった同業者の方の所に出向いて経験を積ませてもらうなど必死でした。
現在の師「十五代目 石井三太夫」に弟子入りを志願したのも、伝統的かつ卓越した技術を持つ匠の下で、より高度なこと学び自分のものとしたかったからです。 特に師匠は「表具」だけでなく、歴史的文化財の修復技術に関しても高い評価を得ています。
文化財の修復では、修復する現物の状態を詳細に見極め、最適な技術を選択し作業にあたらなければなりません。
こうした文化財は、見ているだけでも歴史を感じることができますが、実際に修復することができれば、さらに作者の想いや当時の表具師たちの技術など、もっともっと歴史の重みを感じることができると思います。
いずれは私も師匠から修復の仕事を任せていただける表具師になりたいという気持ちで頑張っていきます。

師匠 十五代目 石井三太夫 さん インタビュー

池田さんに、どんな表具師になってもらいたいですか?

彼はいつも寡黙に、そして真剣に「表具」という仕事に取り組んでいます。この姿は、初めて彼が私の所に来た時から4年経っても変わることはありません。
「表具」の仕事は、覚えなければならない知識の範囲がとても広いのです。そして身に付けなければならない必要な技術も多岐に及び、中には1000年以上も前に確立した技術もある一方で、時を経て近代に生まれた技術もあります。私たち表具師は、それら全てを習得しなければなりません。
特に歴史的文化財の修復には技術だけに留まらず、思想やしきたりなど、さらに多くのことを学ばなければなりません。彼には、それらを確実に身に付け、修復の仕事にも携わっていってほしいと思っています。
入門当時に比べると、かなり自分を表現できるようになってきましたが、もっと自分の想いや考えを前に出してもいいと思います。たとえば、私に対しても臆することなくぶつかってきてほしい。そのやり取りの中で、お互い得るものが多くあるはずですから。
新しい発見と失敗をたくさん繰り返して、彼らしい表具師を確立してもらいたいと思います。

取材を終えて・・・

シャイな性格の池田さん。私たちの取材に対し、照れくさそうに表具師となった経緯、偉大な師匠の存在、文化財修復作業への憧れなど、さまざまな想いを語ってくれました。
そんな彼もやはり職人。工房で「表具」を前にした瞬間、伝統を受け継ぐ者の凛とした姿に一変し、仕上がりを思い描いている表情、素材を選ぶ目、位置を決めた瞬間など、その一つ一つの所作に、表具師になると決めた日から積み重ねてきた努力を垣間見ることができました。
師匠とともに文化財の修復に挑む日も、そう遠くはないでしょう。