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#031 小鹿田焼陶工 坂本 創

小鹿田焼陶工

Ontayakitoko

坂本 創

Sakamoto So

プロフィール

1990年大分県生まれ

小鹿田焼(おんたやき)の窯元の一つ坂本家に生まれ、高校卒業を機に、鳥取県の著名な陶芸家の下で2年間の修行を積む。その後、日田市に戻り、父である工(たくみ)さんに弟子入りし、小鹿田焼の陶工となる。外部からの弟子を取らず固有の伝統を守り続ける小鹿田焼。それを未来へ繋げるため、父の教えの下、日田の豊かな自然と寄り添いながら研鑚の日々を送っている。

小鹿田焼(おんたやき)の伝統を継ぐと決めたのは?

子どもの頃、僕の遊び場はもっぱら父の工房で、そこにあった陶器を作る土で遊んでいました。土をこねたり、ろくろを回したりしてさまざまな器の形にしたのを憶えています。父の真似をするのが遊びの一つだったんです。
実際に、「家の仕事」として意識しだしたのは、中学生の頃。焼物の里、それも三家しかない窯元の家に生まれたので、漠然と自分も陶工になるのかな…と思い始めていました。
陶器そのものには興味がありましたが、正直、その頃は小鹿田焼が好きではありませんでした。デザインが田舎くさくて変化に乏しい…決して良いイメージはなかったからです。
高校は佐賀県の工業高校で焼物を専攻しましたが、その時も「焼物作りを学びたい」というより、「一度家を出たかった」というのが本音です。
そんな僕を劇的に変えたのが、高校卒業後に弟子入りした、鳥取県にいらっしゃる著名な陶芸家の先生の下で学んだ2年間でした。
始めは弟子入りすることを迷いましたが、陶芸自体には興味がありましたし、小鹿田焼ではない物にも触れてみたかった。そして何よりこのまま父の下にいると、だらだらとした日々を過ごしそうで怖かったんです。
師事した先生は当時60代、兄弟子が40代で、18歳の僕は本当に“子ども”でした。
そんな僕に根気よく、陶芸に関することだけではなく、生活面、人としての生き方など、ありとあらゆることを教えてくれました。日々心が洗われていきました。そして、気持ちが徐々に変化して小鹿田焼の良さが分かり始めたんです。「シンプルなデザインだからこそ、個々の出来、不出来が明確に現れる」とか、「純粋な小鹿田の土だけを使うから、常に自然と向き合わなければならない」など。優れた小鹿田焼を作るにはさまざまな経験と技法を習得しなければならないことが自分なりに理解できた時、父へ尊敬の念を抱くようになりました。その後、2年の修業を経て、正式に父に弟子入りを志願したんです。

どんな陶工になりたい?

小鹿田の窯元である三家は、みんなで助け合ってきました。それは、これからも変わることはありませんが、良い意味でライバルであることは間違いありません。僕は常に前を向いて走っているので、やっぱり一番になりたいですね。
また、小鹿田焼の陶器には制作者の名を入れませんから、物の出来だけで全てを判断されるので、見てもらい、触れてもらい、「これはいいね」と感じていただける物、そして、もし使い込んで割れたとしても「また同じ物が欲しい」と思っていただける物を数多く作る陶工になりたいです。

父(師匠) 工 さん インタビュー

どんな陶工になってもらいたいですか?

坂本家は私が八代目です。このままいけば、息子が九代目となりますが、正直、先のことは分かりません。
息子に跡を継ぐよう言ったことはありませんし、無理矢理やらせても上手くいくわけがありませんから。
『今でも、自分の代で終わる覚悟は出来ています』。
でも、外の修業から戻った時に「小鹿田焼をやりたい」と言ってくれた時は本当に嬉しかった。修業先の先生は私も尊敬する陶芸家ですから、親では教えられないことを、そこでたくさん学んだようです。
内面が大きく変わりましたし、小鹿田焼に対する思いも強く感じるようになりました。
私たちは美術品を作っているのではありません。人々が日々、使用する生活雑器を作っているんです。「使いやすく、そして、その陶器の上に乗るものが、いかに映えるか」。息子には、そんな“いい陶器が見分けられる陶工”になって欲しいと思っています。
それには、より多く、小鹿田の土と向き合うこと、小鹿田の自然を感じ取ることが大切です。

取材を終えて・・・

取材を始めてから数日たったある日、壁に掛けられたジーンズに気づく。それは、昨日、土を捏ねる作業をしていた時に履いていたもので、上から下まで土で汚れカチカチに固くなっていた。
それは決して“作業着”というものではなく、ブランドものの高価なジーンズ。そして、今日も同じブランドのジーンズを履き、一心不乱に土と格闘している。休憩に入る頃には、壁に掛けられたものと同じようになっていた。
ジーンズが大好きでこだわりもあると言う。そんなに汚してしまっていいの?と尋ねると、彼は額から流れる汗を拭きながら屈託のない笑顔でこちらを向き、「土を扱うこの場所は真剣勝負の場ですから、僕にとって最高の衣装で挑みたいんです。小鹿田の土で汚れたジーンズ、最高です!」と答えた。
代々受け継がれてきた伝統は、彼がしっかりと守り続けていくだろう。300年前から絶えることない唐臼の音が今日も小鹿田に響き渡っている。