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#019 茅葺職人 田中 栄作

茅葺職人

Kayabuki-Shokunin

田中 栄作

Tanaka Eisaku

プロフィール

1984年岐阜県生まれ

白川郷の伝統的な合掌造りの家で生まれ、茅葺屋根の下で育った。21歳の時、茅葺屋根の葺き替えを体験。葺き替えの難しさ、大切さに大きなやりがいを感じ、茅葺職人の道を歩むことを決意。白川郷の茅葺屋根の修復を一手に担う和田茂氏に師事し、以来、技術の修得に励んでいる。

茅葺(かやぶき)職人の仕事

世界文化遺産に登録されている岐阜県飛騨地方の小さな集落「白川郷」。
周囲を険しい山々に囲まれたこの集落には、「合掌造り」と称される、勾配の急な「茅葺屋根」の住居が立ち並び、日本の農村の原風景が広がっている。
茅葺屋根を維持するためには、修復や葺き替えが必要不可欠で、30年から40年に一度、全体を葺き替える大規模な工事が行われる。その茅葺の修復や葺き替えにより、日本特有の風景・文化を守っているのが「茅葺職人」である。

茅葺屋根は、木材で組んだ骨組の上に葦簀(よしず)を引き、これを下地に茅を下から上へと葺き上げていく。作業は、土台となる一番下の軒部分から始まる。
屋根は、全て茅の切り口が外に面している。これは茅の表面が風雨にさらされると腐食しやすいためである。そして、切り口だけが外に面するよう茅を積み重ねていくためには、軒部分の傾斜を考慮し、茅を束ね、縄で縛り、その縛り具合を見極めながら角度をつけ、置いていかなくてはならない。
特に軒部分の茅葺は、以降全ての工程に影響する基盤となるため、経験と技を有する職人に任される。
積み重ねた茅は、縫木(ヌイボク)と呼ばれる木で押さえ、縄を縫い付けて固定する。縄は内側から大きな針を差して縫い、これを下から上まで繰り返す。
茅は雨水の浸入を防ぐため、約80センチの厚さにまで葺かれるが、必要な厚みを保ちながら見た目にも美しい屋根に葺いていかなくてはならないため、職人の技量が問われる作業といえる。

なお、最も葺くのが難しいとされるのが、「妻」という屋根の端の部分。
茅葺屋根は4方向に屋根面がある「寄棟造り」が一般的だが、白川郷の合掌家屋は、茅葺屋根としては珍しい「切妻造り」になっている。妻側は風雨にさらされ特に傷みやすいため、傷みにくい茅の切り口をしっかり外に面するよう葺き、雨水が流れ落ちるよう、茅に角度をつけて置いていかなければならない。しかし、全てを斜めにすればよいという訳ではなく、妻側から内側へ葺くにつれ、扇形のように、茅の向きを縦に戻す必要がある。きちんと葺かれていないと穴が開くこともあるため、極めて難しい作業とされている。

こうして下から上まで屋根の厚みを整え、葺き上げたら、今度は上から下へ「つきあげ」という道具を使って茅を深く差し込んでいく。また茅が足りない部分には更に茅を差し込んでいく。そして、硬く丈夫で、見た目にも美しく仕上がったところで、茅葺屋根の葺き替えは完了となる。

茅葺屋根には、自然の恵みを巧みに利用した先人の知恵が数多く詰まっており、その智恵や技術は茅葺職人の「故郷を守りたい」という純粋な想いによって、守り続けられている。

白川郷の合掌造り

日本有数の豪雪地帯である白川郷の合掌造りの大きな特徴は「切妻」の茅葺屋根。
雪から家屋を守るために、雪が落ちやすく、かつ雪の重量にも耐えられるように、屋根に急な勾配をつけ、分厚い茅で屋根を葺くという独特の形状が生まれた。
そして白川郷の合掌造りは、村を吹き抜ける風が北から南、南から北という風向きが多いことを考慮し、風の抵抗を最小限にするため、全て妻側が南北を向くように建てられている。また、東西に面した屋根には万遍なく陽が当たり、夏は乾燥、冬は雪解けを均等に促すといった、自然の力を巧みに利用している。

「切妻造り」の利点の一つは、屋根がない妻側の部分に窓を設けられること。高く広い屋根裏には風と光を多く取り込むことができる。これは、かつて農業に適さないこの土地の人々の生活を支えていた養蚕業に最適な構造となっている。
白川郷の合掌造りの家屋には、先人たちの生み出した多くの知恵が今も息づいている。