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#018 京友禅職人 池内 真広

京友禅職人

Kyo Yuzen-Shokunin

池内 真広

Ikeuchi Masahiro

プロフィール

1981年京都府生まれ

京友禅の工房を営む家に生まれたが、幼い頃はその仕事に興味を抱くことはなかった。しかし、大学在学中に京友禅の魅力に気付き、友禅染の着物を一から作り上げていく染色作家になることを決意した。そして大学卒業後、友禅作家である父・池内路一氏に師事し、以来、技と感性を磨く日々を送っている。

京友禅とは…

多彩で絵画調の模様を着物に施す、京都を代表する染色技法。江戸時代中期、京都の扇絵師・宮崎友禅斎が、扇に用いられる絵柄を取り入れ、絹の布を染める「友禅染」と呼ばれる染色技法を確立したのが始まりとされている。

当初は筆や刷毛を用いて直接、生地に描く「手描友禅」が主流だったが、明治時代になると、艶やかで色数の多い化学染料が採用されるようになり、型紙を使うことで大量に染めることができる「写し友禅」の製法が発明された。この後に「型友禅」へと発展を遂げ、さらに量産が可能となり、多くの人へと広がっていった。

友禅染の技法は、京都から日本各地に伝えられ『加賀友禅』や『東京友禅(江戸友禅)』など、それぞれの土地で特徴ある友禅染として根付いている。なお、京友禅の持つ柔らかな色彩と繊細な図柄、金箔や金糸などを使った華やかな装飾は、日本の着物の代名詞とも称されている。

京友禅の製作

江戸時代、京都の扇絵師・宮崎友禅斎が創始したとされる染色技法『友禅』。
その特徴は、布地に絵画のように色とりどりの柄を描いて染めることを可能にした「糊置防染(のりおきぼうせん)」という画期的な手法にあり、日本における模様染めの代名詞とも言われている。

京友禅の伝統的な技法「手描友禅」の製作は、まず、着物の構図から配色までを考える「図案作り」から始まる。この図案の出来が着物の出来栄えを決めてしまうといっても過言ではない。そのため、製作工程の中で一番苦心する部分であるという。

図案が完成すると、その上に生地を載せ、模様を写し取る「下絵」の作業を行う。下絵には、水で洗うと落ちる “青花液(あおばなえき)”を用い、筆で生地に直接模様を描いていく。
次に、彩色の際に染料がはみ出し、色が混じりあうのを防ぐ「糸目糊置き(いとめのりおき)」を施した後、手描き友禅を象徴する工程でもある「友禅挿し」を行う。これは、糸目糊を置いた柄の中に刷毛などで彩色する作業で“色を塗る”のではなく、染み込ませるということから“挿す”と表現され、刷毛や筆先から染料が生地に染み込むのを見極めながら染めていく。微妙な挿し加減で印象が大きく変わるため、全体のバランスが崩れてしまうこともある。“挿し”は、高い技術と集中力、繊細な感覚が必要とされる極めて重要な作業である。

「友禅挿し」を終えると、布地全体を染める工程に入る。
まず、友禅挿しを施した柄をロウや糊で覆う「伏せ(ロウ伏せ、糊伏せ)」を行い、地色を染める際、彩色した部分に色が付かないようにしたうえで、生地の地色を染める「引き染め」を行う。生地をピンと張り、右から左に向かって刷毛で生地全体を染め上げていく。全ての面をムラなく染めるのは至難の業で、細心の注意を払いながら、素早く、そしてリズムを一定に保ちながら一気に染め上げなくてはならない。

こうして地色を染めて乾燥させた後、染料を発色・定着させる「蒸し」や、糊やロウなどを溶解して洗い流す「水元」、生地の形を整える「湯のし」など仕上げの工程を経て、着物の形に仕立てられ完成となる。

20以上もの工程を経て製作される手描きの京友禅は、通常、それぞれを専門の職人が請け負う分業制だが、染色作家の場合は、図案の構想から染めまで、作品の肝となる工程を一人で行う。その幅広い仕事の中で最も難しいことは、京友禅の格式を保ちつつ、独創性、個性を表現していくことにあるという。そのためには、日本の文化的背景、日本独自の情緒を熟知することが必要不可欠であり、また、それを絵柄で表現する繊細な感覚が求められる。