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#014 だんじり彫物師 原 宜典

だんじり彫物師

Danjirihorimonoshi

原 宜典

Hara Yoshinori

プロフィール

1983年大阪府生まれ

幼い頃から「だんじり祭」が大好きで、高校に上がる頃には「だんじり(地車)」自体に興味を抱くようになる。16歳の時、高校を中退して「だんじり彫物師」の第一人者、木下賢治氏に弟子入りする。20歳の時には修業を中断するも、1年半後に復帰。以来、修業に専念し、去年の秋には年期明けを許され、晴れて一人前の彫物師の仲間入りを果たした。

だんじり彫物師とは…

岸和田、泉大津など大阪府泉州地域で、毎年秋に開催される「だんじり祭」。「だんじり(地車)」が街中を勇壮果敢に駆け抜ける姿は、広く知られている。
その一方で、この「だんじり」が、1,000を超えるパーツを組み合わせることでできており、その一つひとつに、見事なまでの繊細な彫り物が施されていることは、あまり知られていない。この「だんじり」の彫りを行うのが「だんじり彫物師」である。

「だんじり」の製作は、彫り物の題材を決め、その登場人物や場面などを素材の欅に描いていく「下絵(したえ)」から始まる。題材には戦記物語や神話の名場面が多く取り上げられ、人物、馬、霊獣から唐草などの文様まで、様々な彫り物が施される。「下絵」は、立体になった状態や、欅の木目が最も美しく表れる仕上がりを想像しながら描いていく。
その際、素材の厚みや、「だんじり」に組み込まれる場所・奥行、さらに最適なパーツの配置なども考えながら描かなければならず、経験豊富な彫物師にしか「下絵」を描くことはできない。

次に、下絵に基づき、ノミと金槌を使って、おおよその姿を彫り出していく「荒彫(あらぼり)」を行う。平面の絵を立体にした場合を常にイメージし、さらに出来上がった時の奥行をも計算しながらノミを入れていく難しい作業。彫り進めれば当然下絵が消えるため、下絵の写しを参考に、彫っては筆を入れる、この作業をひたすら繰り返していく。「荒彫」は、豊かな想像力と、繊細かつ大胆に彫り込んでいく確かな技術を要するため、7〜8年間の修業を経て、親方に年期明けを許された一人前の職人だけが担う作業である。

「荒彫」によって、おおよその形に彫り上げたパーツには「小造(こづくり)」という形成の作業が施される。この作業の出来が彫り物の出来栄えを決める、と言われるほど重要な工程の一つで、ここで形が丁寧に整えられていく。さらに「素削り(すけずり)」により、余分なノミ跡を取り除いたり、表面をより滑らかしたりする作業が施される。力を加減しながら、一刀一刀に神経を集中させて彫りを進め、人物などの表情のシワや筋肉といった、より現実的な描写となる精微な起伏もつけていく。

表面が滑らかになったら「仕上げ」で人物の表情や鎧など細かな部分を入念に彫り込んでいく。そして美しい欅の木目を活かし、ごく限られた部分に彩色を施し、一つのパーツを完成させる。

こうして彫り上げたパーツを1,000以上も必要とする「だんじり」は、1台完成させるまでに、10人の職人が取り組んでも1年以上の月日を要する。

決して妥協を許さない職人たちが彫り上げた見事なまでの彫刻。欅の木目を活かした美しい仕上がりは、美術品と言っても過言ではない。
それを作り上げる「だんじり彫物師」には、繊細かつ大胆な彫りの技術と感性が求められる。
匠の熟練の技は「だんじり」に対する職人たちの熱い想いによって受け継がれ、「だんじり」の伝統は、祭を愛する人々によって守り続けられている。

『だんじり祭』とは…

「だんじり」が街中を豪快に駆け抜ける勇壮な祭として有名な『だんじり祭』。大阪府の泉州地域で毎年秋に行われている祭として知られ、特に、岸和田市で開催される「岸和田だんじり祭」は全国的にも知名度が高く、日本の代表的な祭の一つに挙げられる。
「岸和田だんじり祭」は、五穀豊穣を祈願して行った稲荷祭がその始まりとされ、300年の歴史と伝統を誇る。

『だんじり祭』の最大の見どころは、街角を勢いよく直角に曲がる「やりまわし」。4トンを超える「だんじり」を走りながら操作することは見た目以上に難しく、速く正確に「やりまわし」を行うには、まず舵取り役の後梃子、ブレーキ役の前梃子、そして、合図を送る大工方が息を合わせなければならない。そして、それぞれの持ち場を受け持つ全員の気持ちが一つになってこそ、見事な「やりまわし」ができる、とされている。

祭で曳行される「だんじり」は各々の町が保有し、修理を繰り返しながら、何十年にわたって受け継がれていく。「だんじり」は自分たちの町の宝、誇りであり、町の人々の絆の象徴でもある。