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#009 竿師 辰川 英輝

竿師

Saoshi

辰川 英輝

Tatsukawa Hideki

プロフィール

1980年奈良県生まれ

祖父や父の影響で幼い頃から釣りにのめりこみ「将来は釣りに関わる仕事をしたい」との想いから、釣りに関連する専門学校に入学。卒業するも憧れていた仕事は見つからず、一度はその想いを諦めた。しかし、夢を捨てきれず、卒業から4年後に竿師・城英雄氏に弟子入りを志願。住み込みで匠の技を学んだ。それから5年、ようやく一本の竿を自身で作らせてもらえるまでに至り、来年には独立を許された。

竿師(さおし)とは…

竹で釣竿を作るという伝統の技術は、江戸時代から伝えられてきた。
その竿は一般的に「和竿」と呼ばれ、和竿を作る職人を『竿師』と呼ぶ。
へら鮒釣り専用の和竿である『紀州へら竿』の特徴は、山で竹を伐採する作業に始まり、全ての作業を竿師自らが行うこと、また一本の竿を作り上げるまでには、細かな作業を含めると130種類以上の工程があることなどがあげられる。

製作は、まず竿の素材となる原竹(矢竹・高野竹・真竹)を数年間乾燥させた後、その竹を選別する「生地組み」から始まる。
『紀州へら竿』は、矢竹・高野竹・真竹という3種類の竹を組み合わせることで“究極のしなり”を生み出している。素材の持つ性質がそのまま竿に反映されるため、竹の堅さやねばり、バランスなどさまざまなクセを見極め、組み合わせを考えていく。素材の選別を行う「生地組み」は、竿の出来を左右する重要な工程の一つである。
数ある工程の中でも、“竿師の命”とも言われ、最も神経を使うのが「火入れ」。
炭火で竹をあぶり“ため木”という道具を使ってクセを矯正して真直ぐにしていく。この作業は極めて難しく、繊細な感覚が求められ、適切な温度や力加減を見定めながら行う“経験と感性が物を言う作業”と言っても過言ではない。
その後、「中抜き」を行う。竹の中をくり抜き全ての節を取り除き、穂先を元竿にしまえるように竹の中にもヤスリをかけ滑らかに整えていく。
竿の持ち手となる「握り」は、さまざまな素材を利用して握り具合を調整しながら形を作り、装飾を施していく。美しさと機能性が追及された装飾は、竿師の特徴が最も現れる部分でもある。
そして、「火入れ」と同様に大変難しく重要な工程が「穂先削り」である。太い“真竹”を細く割り、それらを正方形に張り合わせたうえで細く丸く削り、竿の先端となる「穂先」を作る。
穂先を曲げた時に、先端から持ち手に向かい徐々に力が移動していくよう微妙なバランスで削っていくこの作業には、職人としての高い技術と感性が求められる。

こうして数多くある繊細な工程を経て竹が組み合わさり、一本の竿が出来上がる。しかし、竿師にとっての竿作りはこれで終わりではない。実際にへら鮒を釣る「試し釣り」を行い、しなり具合や手に伝わる感触を確かめ、初めて“竿の完成”となる。

『紀州へら竿』とは…

和歌山県の伝統工芸品である『紀州へら竿』は、へら鮒釣り専用の竹竿である。
和歌山県の北東部に位置する橋本市は、「へら竿」生産の全国シェア90%以上を誇る産地で、愛好家の間では「日本一のへら竿の町」として広く知られている。この町で作られる『紀州へら竿』は、類稀なる良質の素材と受け継がれてきた高度な技術の結晶であるため、工芸品としての美術的な価値も併せ持ち、へら鮒釣りの最高級竿として名高い。

現在、釣り竿といえばカーボンで作られた竿が一般的だが、へら鮒釣りでは竹の和竿を使う釣り人が多い。へら鮒釣りは、かかった瞬間から釣り上げるまでの“魚とのやりとりを楽しむ釣り”と言われ、その駆け引きの奥深さに魅了される人は少なくない。
そして、『紀州へら竿』は魚の微妙な動きが全て竿を通じて手に伝わり、知的な駆け引きが醍醐味とされるへら鮒釣りの魅力を最大限に引き出すと言われ、憧れの竿となっている。