『明日への扉〜あすとび〜』アットホームオリジナル動画コンテンツ

#006 和傘職人 鈴川 剛司

和傘職人

Wagasa-Shokunin

鈴川 剛司

Suzukawa Takeshi

プロフィール

1987年山口県生まれ

「将来は、ものを作る仕事がしたい」との夢を抱き、高校卒業後、地元山口県で大工を志す。しかし『より職人らしい道を究めたい』との思いを募らせていた折、雑誌で京和傘『日吉屋』五代目当主・西堀耕太郎氏の記事を目にし、その真摯な姿、職人魂に心惹かれ入門を決意。以来、和傘の「伝統美」と「優れた機能性」を追及する毎日を送っている。

和傘職人の仕事

和傘は、主に竹と和紙、木といった自然素材から作られている。
材料となる竹骨、和紙、木部品、金具などはそれぞれ熟練した専門の職人によって作られ、和傘職人はそれら材料を揃え、数十以上の複雑な工程を経て1本の和傘を作り上げる。傘の種類によって工程は多少異なるが、一般的に材料の準備から完成までには、数週間から数ヵ月の月日を要する。

和傘の製作は全て手作業で行われる。
まず「下事(したご)」と呼ばれる骨組み作りから始まる。次に、型紙に合わせて和紙を数十枚に裁断し、和傘作りの要となる「和紙張り」を行い、細かく分けた部位ごとに和紙を張っていく。乾燥をさせたのち、和紙に折り目を付けて折り畳む「姿付け」を行い、傘を開閉できるようにする。そして、塗料や防水用の油を引き、天日に数週間干し、仕上げに、糸飾りや金属製のハジキ、石突、かっぱ等を取り付けて完成となる。

和傘作りは、竹も和紙も自然の素材ゆえ、同じ条件のものは二つとないため扱いが大変難しく、また、工程の一つひとつに高度な専門技術と、職人ならではの勘と繊細な感覚が必要とされる。和傘の持つ、日本ならではの“美のこだわり”と“匠の技”は、優れた職人たちの手によって伝えられ、受け継がれている。

和傘とは…

和傘は、平安時代に中国から伝わったものが原型といわれ、その当時の傘は開いたままで閉じることができないものだった。その後、日本の伝統文化や伝統芸能と深く結びつくことで、開閉できるように改良されるなどの独自の進化を遂げた。
一般的な雨具として広く使われるようになったのは、江戸時代中期以降のことで、最盛期には日本全国で年間1千万本以上も生産されていた。しかし、洋傘の普及とともに、日常の雨具として使われることが少なくなり、和傘職人の数も減少していった。
だが、和傘は日本の伝統行事や茶事などには欠かすことができないものであり、日本文化を象徴するものとして、今も重要な役割を果たし続けている。

「和傘」にはさまざまな種類があり、その用途は多岐にわたっている。
代表的なものには、細見で上品な『蛇の目傘』。日常使いの『番傘』といった雨傘がある。
他にも茶道やディスプレイ等で主に日よけとして使用される『大傘の野点(のだて)傘』や、舞踊などに使われる小ぶりの『舞傘』などがある。
「和傘」と「洋傘」の大きな違いは、骨の数にある。「洋傘」は通常8本であるのに対し、「和傘」は30〜70本と非常に多くなっている。これは、細く割った多くの竹骨で和紙を支えるようにして開くためで、開いた時のシルエットも洋傘と違い、末広がりに真っ直ぐに広がる。
また、生地の畳み方も異なる。洋傘は生地を骨の外側に巻きつけるように畳むのに対し、和傘は生地が骨の内側に畳みこまれ、まるで1本の竹の姿になることも大きな特徴である。