『明日への扉〜あすとび〜』アットホームオリジナル動画コンテンツ

#002 舞妓 美恵雛

舞妓

Maiko

美恵雛

Miehina

プロフィール

1988年京都府生まれ

母が宮川町でお茶屋を営んでいた関係で、中学1年の時に宮川町へ移り住む。当初、花柳界への憧れなどはなかったが、「人とは違うことをしてみたい」という気持ちもあり、中学卒業と同時に舞妓の道へ入った。一流の芸妓を目指し、舞妓として修行を積んだ5年。2009年秋、晴れて芸妓となる。

舞妓とは?

京都の花柳界において、芸妓になる前の修行段階にある15〜20歳ぐらいの少女を指す。地毛で結った京風の日本髪、肩上げされた振袖に長く垂らした『だらりの帯』、履物は高さ10センチほどの『おこぼ(ぽっくり)』、という様相が舞妓の特徴。舞妓の1日はかなりハード。昼は日本舞踊、三味線、太鼓、唄、茶道など、日本のさまざまな伝統文化を学び、夜はお座敷に出向き、芸事の披露のみならず、お客様を楽しませる“おもてなしのプロ”として仕事をする。舞妓になるには花街の「屋形(置き屋)」に住み込み、半年から1年間は『仕込みさん』と呼ばれ、花街のしきたりや礼儀作法、京言葉などを勉強する。そして、舞妓になる1ヵ月くらい前から『見習いさん』として実際にお座敷に出るための勉強をした後、お披露目である『見世だし』をしてもらうことで、正式に舞妓としての仕事が始まる。舞妓として5〜6年の修行を積み、卒業する時期が来たら『襟かえ』の儀式を経て芸妓となる。舞妓・芸妓は、江戸時代より300年以上続く伝統文化。最近では、舞妓は京都の観光事業の一端を担っており、観光局に日本の伝統文化を伝えたり、世界の要人を接待したりするなどの役割を果たしている。

宮川町(みやがわちょう)

京都を代表する花街の一つ。京都には「祇園甲部」「宮川町」「先斗町」「上七軒」「祇園東」の5つの花街があり、総称して「五花街(ごかがい)」と呼ばれている。宮川町は、京都東山区の鴨川東岸に位置し、古くは、元禄時代に“出雲の阿国”が歌舞伎踊りを興行したことをきっかけに芝居小屋が数多く立ち並ぶようになり、芝居町や茶屋町として発展。今日でも40数軒のお茶屋が軒を連ねており、舞妓の数も多い。毎年4月初旬から下旬にかけ、宮川町の舞妓・芸妓が勢ぞろいする「京おどり」が宮川町歌舞練場で上演される。普段はお座敷でしか見ることのできない芸が、大勢の観客の前で披露される大舞台。特に、フィナーレに全員で踊る「宮川音頭」は圧巻。芸妓・舞妓にとっても貴重な場であり、毎年「京おどり」が近づくと普段の稽古やお座敷に加え、舞台のための稽古も毎日行われ、さらに多忙な日々を送ることになる。